今晩は。
今回はこちらの戦国系のブログの周年記念に製作した冊子に収めた、バサラの久秀と信長の小説です。
日にちが経ったことと寝かしておくだけなのも勿体無いので、こちらに上げてゆきます~
バサラの松永久秀は自分がオタクに舞い戻ったジャンルなのと、小説を書き始めた切っ掛けでもあるのでいまでも思い入れがあります。
ひっそり久信推しは燻ぶらせております(笑)
長めのお話となっております、宜しければお付き合い下さいませ!



----------------

離れずに温めて

 

 

独り芝居を見せられているようだ、と松永久秀はこんな時でも冷静に相手を見つめる。

長い白髪を揺らし、半ば鬼気迫る表情で相手は松永に詰め寄ってきているというのに。

「霜台殿、貴方はなぜ生きているのですか?信長公はなぜ貴方を赦したのですか?」

片眉を上げ、億劫そうに溜息をついて、松永は明智光秀に向かって口を開いた。

「公に聞きたまえ」

相手の冷ややかな返答にも負けず、光秀は首を振ってそういう訳にはいかない、と頑張る。

「あの方が私どもに説明されるなどありえません。ならば、貴方にお聞きするしかないのはお分かりでしょう?」

その言葉に、梟雄の目つきが途端に鋭くなった。

「そこまで理解しているのならばお帰り願おう。彼の心中など知らないよ」

「いいえ」

今まで懇願の声音だった明智の声に、薄暗さが混じる。

「霜台殿ならご存知です」

前のめりになっていた姿勢を正し、目に例の底暗い光を宿した光秀に、松永は内心小さな興味を抱いて静かな観察を始めた。

「あの方から事ある毎に心を向けられている貴方が、知らぬ筈などありません」

「ほう?それは初耳だな、驚いた」

大して驚きもしていない相手の声に、光秀の口元が僅かに歪む。

「からかわないで下さい」

織田の忠臣と謳われる男がこれだけ他人に不快げな表情を見せることは殆ど無いことで、松永にとっても物珍しい様子だったらしく、片眉を上げて小さく鼻を鳴らした。

「ならば逆に問おう。その疑問の答えを卿が知って、どうなる」

相手は無言になって、松永を見つめる。

血の気の無い顔に、底暗い光を宿した目で暫く此方を凝視していた男は、目を閉じて深い溜息をついた。

「・・・そこまでは、分かりません」

「ほう」

「ただ、理由を知らぬ今、なにやら酷く不安なのです」

力の抜けたような声でそこまで語り、瞼を上げた明智の目の中に、先程の底暗さは消えている。

「公は、いままで一度も裏切った相手をお赦しになったことはありません。そんな方が、貴方だけはお赦しになった。その事実に、私を始めとした下の者達は、いまでも戸惑っております」

「何故、私のような男を生かしたのか、と?」

松永の皮肉気な問いに、いつもの愛想笑いをすることはなく、相手は頭を抱えるような仕草をして長い白髪を揺らした。

「信長公は思い付きで行動されているように見られることもありますが、常に何かご自身なりの理由を持って動いていらっしゃいます。今までの私にはそれらの意味が皆、分かっていました」

顎髭を撫でる松永の手がぴたりと止まる。

「・・・分かっていた?」

ほんの僅か、松永の声に硬さが混じったことに明智は気付かず、当然といったように強く頷いた。

「ええ勿論です、私はいつもあの方の傍に居りますゆえ」

そして松永に向かって妙な笑みを浮かべる。

「公に悪い虫がつかないようにとね。あの方はとても純粋ですから意外と騙されやすい」

明智の言葉に、松永も綺麗に余裕の笑みを返した。

「そうかね。だが、卿はなにか勘違いをしていないかな?」

笑みの奥に伺うような目を、明智は松永へ向ける。

「・・・なんでしょう」

半眼で相手を見据えて、梟雄は鼻で笑った。

「分かったつもり、というモノほど滑稽で見っとも無い自信だという事を」

明智も笑顔のまま長い白髪を梳く。

「それは、私の事を仰っているのですか?」

とぼける振りで誤魔化そうとした相手を冷ややかに笑って、梟雄は声音をがらりと変えた。

「ここで他人の話をしてどうするのかね、姫橘殿」

笑顔が凍り付いた明智を他人事のような視線で眺めながら心中では、こんな下らないやり取りに何故かむきになってしまった己を、呆れた様子で眺めているもう一人の存在に松永は気付いて眉間の皺を深くした。

 

理由の見つからない苛立ちに鉢合わせた時の松永は、少なくとも数日間は自室に引きこもって、苛立ちの原因が自己解決されるまで来客には一切応じなくなるが、今回はそうもいかない。

謀叛を赦されたばかりの身で、しかもその赦した当人が客として来たとなれば無視の出来ない状態である。

しかもその時の松永の脳裏に何故か、あの明智の得意げな笑みが浮かんだものだから、彼の眉間の皺が一本増える羽目になった。

上座に座っている織田信長の前へ腰を下ろし挨拶を済ませた途端、相手が不機嫌な声を上げる。

「久方ぶりに来てやったのに、その顔は何だ」

「すまないね、卿に対してでは無いのだが・・・」

珍しく歯切れの悪い物言いをする相手を、信長は訝しげな表情で見つめた。

「何に対しての不興か?」

うん、と松永は小さく唸って顎へ手をやる。

その様子がいつもの余裕がある仕草とは違い、なにか迷いが混じっているような不透明さを信長の目は捉えていた。

「なんだろうな・・・恐らく、私自身に対する苛立ちだよ」

茶が運ばれてきても二人はそれに手を付けず、信長は腕組みの状態で松永を黙って凝視したまま、一方の松永は顎を撫でつつ目線を広間脇の庭先へ投げている。

そんな広間に暫く訪れていた沈黙を破ったのは、松永の低音の声だった。

「苛立ちの原因が己でも分からなくてね。ここ数日、このような状態で過ごしている」

相手の言葉を待っていた信長が、ようやく茶碗へ手を伸ばして軽く息をつく。

「弾正、案内をしろ」

「うん?」

己の白状など聞いていないような客人の命令に、松永は顎から手を離して目線を信長へ戻した。

客人は茶碗を片手に、少し怒っているような顔で此方を見つめている。

「今日は良く晴れた。見晴らしの良い所へ案内しろ」

お前の不機嫌など知らぬ、といった様子の信長に、松永は小さく笑って肩を竦めた。

「・・・承知した。今日の戻りは何時くらいかね?」

「泊まるつもりで来た。が・・・」

「が?」

信長のはきはきした言葉に僅かな濁りが混じるので、松永が穏やかに先を促してやると、相手の目がちらりと揺れる。

「お前の都合が悪ければ、」

「構わないよ。有りモノしかないけれども」

気遣いのような、気後れのような表情を一瞬見せた客人を見て、松永の目元に柔らかさが戻った。

軽く手を叩いて部下を呼びながら、松永は信長へ笑いかける。

「少々お待ち頂けるかな?出掛ける準備をしてくるから」

黙って頷いた客人は、二杯目の茶を捧げて入室してきた部下と入れ替わりに、静かに退出して行く松永の背をじっと見つめていた。

 

お互い供も連れず、松永が先導する形で大和の地が広く見渡せる小高い場所へ乗馬で向かう。

到着したそこからの景色を馬上から信長が眺め、機嫌良さそうに鼻を鳴らした。

「なかなか良い眺めだな」

改めて自領地の盆地型の地形を眺め、松永も息をつく。

「近くに山城を幾つか作ってある、この辺りは景色としても戦略的にも良い場所だよ」

相手の話を聞きながら愛馬から降りた信長が、久秀と呼びかける。

信長に倣って下馬した松永は、返事をする代わりに片眉を軽く上げた。

振り返って松永をじっと見つめる信長の口元に、可笑しげな笑みが浮かんでいる。

「なにか、私の顔についているのかな?」

「逆だ。つまらんモノが落ちた顔をしている」

はて、と松永が首を傾げて己の頬の辺りを撫でると、信長は白い歯を見せて笑った。

「たわけ。屋内に籠って苛ついている暇があったら、己の領地を馬で駆けて見て回れ、ついでに気晴らしにもなろう。刻の無駄遣いは赦さん」

信長の言葉に、松永が小さく驚いて眉間の皺を解く。

「これは・・・」

言葉を無くしている松永に背を向け、大和の地を見下ろしながら信長は口を開いた。

「お前の始末の件なども、筒井のほうへ既に伝わっているだろう。久秀、俺がお前にこの地を任せたと言ったこと、忘れるなよ」

松永と大和を巡って争っている筒井順慶の存在を口に出して言葉少なに釘を刺した信長が、上空を旋回するように飛んでいる鳶を見つけて顔を上げる。

その後ろで、鬢の辺りを掻いて松永は苦笑いするしかない。

「参ったな、卿に助けられてしまった」

「お前が働かなければ、俺が赦してやった意味が無いゆえな。しかし」

愛馬を従え身体をこちらに向けた魔王が、悪戯気な笑みを口元に浮かべた。

「割り切りの良い松永弾正の思考をそれだけ惑わせるとは、何があった」

信長に合わせて手綱を片手にゆったりと歩みながら、梟雄は首を振る。

「大した話では無いよ、むしろ下らなすぎて笑われてしまう」

ちょっと空へ目を泳がせ、松永の言う下らない事案を想像してみる。

「名指しで罵られたか」

今度は相手が悪戯気な笑みをこちらへ向けた。

「そんなのはいつもの事だと知っているだろう」

「ならば何だ、暇潰しに聞いてやる」

それぞれ愛馬を従え、馬たちに挟まれるような形で並んで歩く二人の間に沈黙が落ちる。

「・・・ある、家臣の話だ」

低い調子で、松永が語り出した。

「彼は、己の主の全てを理解していると私へ自慢げに話したことがあってね」

その言葉に、信長は眉間に皺を寄せる。

「全て?」

「ああ、自らは常に主の傍らに居るゆえ、相手の思考や行動の意味まで分かるのだそうだ」

話に割り込みたい気持ちを抑え、松永からの続きを待つ。

話し手は道の先を見据えたまま、淡々と口を動かした。

「その矮小な自慢話を聞いて、妙に腹が立ってしまった。いつもならば適当に褒めて捨て置くことが出来るのにね。今回はそれすらも出来ずに、嫌味まで付けて追い返したよ」

松永はそこまで話すと、大きく息をつく。

「後になって、そんな話に自分がむきになった理由を考えたのだが、答えが出ない。思い返す度に見っとも無い己に腹が立つばかりね、こんな状態だ」

「その相手、お前が嫌いな男か」

「いいや、話は分かる方だよ」

ちょっと考えるような沈黙の後、小首を傾げて、信長がぽつんと言葉を落とした。

「では、お前がそやつに失望したのではないのか?」

松永は眉を上げて、次の言葉を探している信長の精悍な横顔へ目を遣る。

「失望?」

「ああ。お前とそこそこ話が出来るような奴が、下らん身内話を嬉々として語ったのが面白くなかったのかも知れんな」

どうだ、と自らの予想をこちらに投げてきた信長に、松永は心外そうな表情で肩を竦めて見せた。

「・・・私だって、世間話程度は黙って聞いてやることは出来るけれども」

相手のつまらない反応に、信長の口元が下がる。

「嘘を付くな。ヒトの話を心底つまらなそうな顔で聞き流しているお前しか思い浮かばんわ」

「ふふ、見破られているか。だが卿の話を全否定している訳ではないよ。確かにあの人物がそんな程度の内容を、とは思ったかも知れない」

口元を引き締め、松永を軽く睨み上げた信長が、不意にニヤリと笑った。

「それか、嫉妬でもしたか?久秀」

試すような口ぶりに、松永の片眉が上がる。

「うん?」

「自慢できる主を持っているその男に嫉妬したか、そんな部下に自慢されている主自身を羨んだか・・・」

そう話す信長の顔を見つめていた梟雄が、こめかみに人差し指を当てて深々と溜息を吐いた。

「もう卿の口元が笑っているじゃあないか」

あり得ない選択肢と分かりながら話したせいで、既に自らの口元を緩めてしまっていた信長は、とうとう声を上げて、呆れた様な表情を浮かべている松永を笑い飛ばす。

「ははは、万に一つがあるかも知れんと思ったが」

「残念だが、どちらも期待に応えられない内容だな」

「久秀、まだ苛立っているか?」

笑いを収めた信長が、真っ直ぐな瞳で松永を見つめて問うた。

その視線をしっかりと受け止めた松永は、穏やかな光を目に宿して微笑する。

「いいや、随分と和らいだよ。卿のお蔭で」

柔らかな低音で礼を告げられた信長の顔に、僅かながら嬉しそうな色が浮かんだ。

「そうか」

言葉の代わりに優しい笑顔を客人に向けて、松永は手綱を引き寄せる。

「話の終わりついでに日が傾いてきたようだ。そろそろ戻ろう」

二人はひらりと軽い動作で馬に跨ると、日暮れの気配が徐々に濃くなってゆく大和の地を駆け抜けていった。

 

酌をしてやる手が、ふと止まる。

杯を持っている相手が、こちらを見た。

「どうしたのかね」

行灯の光に照らし出されている松永の顔に一瞬でも見惚れた、とは口が裂けても言えない信長は、ぶっきらぼうな口調で否と答えて酒を注いだ。

日中に見る顔より、行灯の光に照らされる相手の顔は、より彫りが深く、落ち着いた表情に見える。

更に相手の持つ低音の声がじんわりと闇に溶けるような声なのだ、夜とか闇が似合う男とは、恐らくこういった輩なのだろうと信長が思いを馳せていると、正面に座っている相手が瓶子を持ち上げる様子が目に映った。

「まだ飲めるかな?」

少し迷ってから、信長は杯を手に取る。

「これで終いにする」

承知した、と松永は頷いて、信長の杯を酒で満たした。

その酒を一口、ちびりと口にする客人の様子を眺めながら、松永がそう言えばと話し出す。

「卿に訊ねたい事があったのだ」

杯から口を離して、上目遣いに向かいの男を見る。

「何を」

「昼間の話の延長で申し訳ないのだけれども、構わないかな」

軽く頷くと、相手は有難うと微笑して瓶子を置いた。

「もし公の部下で、卿の事を全て理解している、と豪語する者が居たのならば、どう思う?」

杯を三方の上に置き、揺れる酒の表面を見つめて信長は少し言葉を探す。

酔いが軽く回って、目元にうっすらと朱を上らせながら伏し目がちに考えている相手の顔を、松永は静かに見つめていた。

暫く後、腕組みをして一点を見つめている信長の口元が、ゆっくり動く。

「どうとも思わん」

「ほう」

松永の顔へ視線を上げて、信長は鼻を鳴らした。

「人の上っ面だけ見て知ったような口を効く奴など、まともに相手などしていられるか」

そこまで言うと信長は杯を片手に腰を上げ、濡れ縁まで移動する。

行灯の光によって伸びる長い影がこちらに歩み寄る気配を感じながら、信長は闇夜に浮かぶ細い三日月を眺め上げた。

「他人を知ったつもりでいる奴ほど、そういう事を言いたがる。しかも喧しいばかりで働かん」

信長の隣に座った松永が、夜闇に沈んでいる庭へ目を遣り、喉の奥で小さく笑う。

隣から漏れた密やかな笑い声に信長が相手の方を見ると、彼は口元に片手を当てて肩を揺らしている。

「何故笑う、久秀」

「いや、すまない・・・嬉しかったものだから」

特に相手を喜ばせるような言動をした覚えが無い信長は怪訝な表情になるが、松永は機嫌良さそうに杯を空けている。

「実は昼間の人物にね、卿と同じ事を言って追い返したんだ」

他人を貶して喜ぶのが松永の趣味、という訳でも無い事は知っているので、信長はますます眉根に皺を寄せた、

「・・・それのどこが嬉しいのか分からん」

「卿との会話から、何故腹が立ったのか理由も分かったから嬉しいのだよ」

手酌で杯に酒を満たし、それを三日月へ向けて捧げるようにして掲げた松永が、信長の方へ顔を向ける。

「部下から簡単に理解されて堪るか、とね。集団を従える者としての感情だ」

後ろから照らす行灯の灯りによって松永の右側だけが照らし出され、その深い色彩の瞳へきらりと輝きが入った。

己自身もそうだが、やはり純粋かつ単純な理由で腹を立てたと語る梟雄に対して魔王は笑ってしまう。

「主としての意地か?随分と相手の主に入れ込んだ理由だな」

「彼の主とも付き合いがあるからね、他人事に聞こえなかった所為もあろう」

夜空を眺めながら返された松永の何気ない一言に、信長の片眉が上がった。

「・・・お前が、気に掛ける程の付き合いなのか?」

「まあね」

軽い返事をした後で、隣から発せられ始めた沈黙の重さに松永は気付いて相手の方を横目で見遣ると、口元を引き締めて杯を満たす姿が目に映る。

「酒は、先程で終いではないのかね」

「構わん」

機嫌を損ねたふうに硬い口調で松永の気遣いを撥ねつけると、杯を口元へ運ぼうとする信長。

その動きを、松永の大きな手がやんわりと抑えた。

「止めておいた方がいい」

「離せ、あとは寝るだけよ」

意固地になっている信長の方へ身体ごと向けると、相手の目線に合わせて身を屈める。

「独りで?」

静かな問い掛けに、口元が下がってしまっている信長はそっぽを向いて無言の抗議をした。

「独り寝をするにしても、」

松永は信長の手から杯をゆっくり受け取る。

「今日はここまでにしたまえ」

その杯の中身を相手の代わりに素早く飲み干すと、身体を強張らせている信長を抱き寄せた。

こちらに寄りかかることもせず、ただ腕の中で身体を強張らせている相手を宥めるように、松永はその背を撫ぜる。

「私は卿に勘違いさせるような物言いをしてしまったようだ」

「勘違いなどしていないわ。貴様の方が勝手に」

「何故、私が卿に先程の話をしたと思う?」

離せ、と言いかけた信長の言葉など一切無視して、松永は静かに問い掛けた。

「とても大事なことだ。答えてくれないかね」

く、と息を詰めて信長は己を抱く相手の腕へ目を落とす。

多分この男は自分がどれだけ抗っても、答え合わせをするまでこの腕を解く事はしないだろう。

目を閉じ、僅かに肩の力を抜いた信長が渋々口を開いた。

「・・・偶々、お前が誰かにその話をしたかった時に俺が来ただけだ。他の誰に語っていてもお前の中の結果は決まっている」

信長の耳元で、小さな溜息が聞こえる。

「本当にそう思っているのかね?」

「ならば、俺がどういう答えを告げてやれば満足する」

「自分だけがこの梟の話の真を理解してやれるからと、存分に自惚れて欲しかったよ」

松永の言葉に、からかわれていると信長は思って握りこぶしに力が籠った。

「この、たわけ・・・っ」

「卿だけだ」

力づくで抱擁する腕を振りほどこうとした信長の耳に、凛とした低音が響く。

「この梟の眼が見る世の色と、同じモノが見えていると感じられるのは鷹の眼を持つ第六天、織田上総介信長公だけなのだ」

今まで信長が聞いたことも無い、梟雄の真摯な声だった。

強く抱き締められ、肩口に顔を押し付けるような体勢になっている彼には、松永の表情は見えない。

「ひさひで、なにを」

「私が卿に話す内容はね、普段は誰にも語らぬモノなのだよ。それらは、他の者では解き明かせぬ難題だが、卿ならば私を引き連れ、共に同じ場所へ軽々と辿り着かせてくれる。今回もね」

松永が突然語り出した己への評の特別さに、信長は驚きながらも素直に信じ切れず、目を固く瞑った。

「また・・・そのような言葉で俺を、惑わせる気か」

相手の長い指が、信長の癖っ毛を優しく梳き上げて撫でつける。

「まさか。惑わせる言葉は、別に取ってある」

抱き締める力を緩め、信長と向かい合い目線の高さを合わせた松永がじっと相手の眼の奥まで覗き込む様な視線を送ってきた。

真っ黒な瞳の奥に薄暗い紅色の輝きが見え隠れする、酷く不思議な色彩の瞳を持つ梟雄のまなこに、第六天と呼ばれる男は引き込まれる。

「それにね、卿が惑わされる人物は、この梟だけに、と願ってやまない」

信長の瞳が大きく開かれ、口元が僅かに開く。

「・・・お前に、だけ・・・?」

目を細めて相手の頬をゆっくりと撫でながら、松永は片方の口角だけで小さく笑んだ。

「私にも、独占欲というモノが存在する、という事だよ。卿と一緒でね」

さっと、信長の顔に朱が上る。

正直な反応が愛おしくて、松永がその頬へ唇を寄せた時、その動きを片手で制された。

いまだ意固地な部分が残っているのか、と梟雄は残念そうに肩を竦めたが、相手は顔を赤くしたまま此方をじっと見つめている。

「如何したのかね。まだ不審な点でも?」

否、と信長は松永を見つめたまま首を振った。

「今日のお前は、いつもと違っていた」

言動に迷いが混じっていたり、いつもは決して口にしない胸の内を口にしてみたり。

「ならば俺も、」

信長の指先が、松永の頬に触れる。

「いつもと違う事をしてやろう」

「・・・っ!」

後ろに倒れかけた己の上半身を、片腕で咄嗟に支えた。

松永の首に両腕を回し、身体を預けて口づけする信長の胸中はしてやったり、と笑っている。

長い口づけを終えて、間近に見つめ合った二人はうれしげな笑みと苦笑交じりとに分かれていた。

「よく堪えたな、久秀」

「流石に危なかったよ、こんな不意打ちがあるとは」

自分の上に乗っている状態の相手を片腕で抱き支えたまま、松永はやれやれと眉を下げる。

「そんな驚かせ方を、どこの誰から教わったのか問うてみなくてはいけないな」

腕の中で唇を尖らせる信長。

「阿呆、他人の受け売りなどせぬわ。それに・・・」

なにか言いかけた信長へ、両手が塞がっている松永が穏やかな笑みを向けて言葉を止めさせた。

「この話題はもう止めないかね、信長公」

静かな提案に、信長が首を傾げる。

「?どうした」

「この場で卿が第三者の話をすると、私の中で余計な嫉妬が増してしまいそうなのだ」

少し困ったような松永の物言いに、不思議そうな顔をしていた信長が眉根に皺を寄せて苦笑を浮かべた。

「たわけ」

「うん?」

自分の胸元を軽く叩いて、相手はこちらの耳元へ唇を寄せる。

「お前以外に誰が居る、と言ってやるつもりだったのだぞ」

悪戯気な相手の仕草に笑いを誘われて、松永は目元に笑い皺を作ってその頬へ口づけを落とした。

「それはすまなかった。では早合点なこの梟へ、もう一度口づけをくれないだろうか?」

松永の願いに応えてやろうと顔を寄せた信長だが、ふと動きが止まる。

「・・・久秀、その中途半端な姿勢を正したらどうだ」

今の相手の状態は片腕で松永本人と信長の重みを支え、もう片腕は自分を抱き支えている、なんとも妙な体勢になったままなのだ。

しかし松永本人は笑って、信長を抱いている腕に少し力を籠める。

「これで構わないよ」

「俺が重いだろう」

「その重さがとても心地良い、さあ」

穏やかな促しに、信長は改めて松永へ顔を寄せた。

ほんの短い口づけをして、僅かに唇を離した信長が密やかに笑う。

「困ったものだな」

間近に見える、相手の口元もきゅっと上がった。

「嗚呼、お互いにね」

喉の奥で笑う梟雄の唇を、もう一度こちらから塞ぐ。

片手で抱きとめられていた筈の信長の身体は、長い口づけの間に松永の両腕で強く抱き締められていた。

 

 

 

(終わり)

 

 

 

 

 

5周年記念の冊子用に書き下ろした長文久信でした。

本当に少数の方に見ていただく作文になると思いましたので、ツッコミどころ満載の作文でも書いてみようと好き勝手にやっています。

根底のテーマは「有り得ない」。

自分の心情を素直に話したり、嫉妬したりする「有り得ない」久秀さん。

久秀の言葉に疑い少なく付き合ってあげたり、ご褒美を下さる「有り得ない」信長さま・・・久秀の人付き合いに嫉妬するのはありそうですが。

その結果、妙に人間味のある松永弾正になってしまいましたが、どことなく可愛い久信にもなったのではないかと小さな自負。個人的に好きなパターンに落ち着きました。