久し振りの更新となりました、すみません。
ばさらの新作の話がぱったり聞こえなくて、どうしたんだ!?ってなっております。
それとは反対に、松永久秀役の藤原啓治さんが復帰されたとニュースがありまして、こちらはおめでとうございますありがとうございます!!と喜びと安堵の気持ちで一杯。
ゲーム自体の新作云々は置いておいて、細々とこちらの作文は継続して行く努力はしてゆきたいと思います。
こんな気儘な場所ですが、時々遊びに来て頂けたら何よりの喜びです!
今回も、久秀さんと若信長さまの作文。
相変わらずのじゃれっぷりです。
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いつか灯した熱は
足を止めて笠のつばに指先をかけ、雲一つない夏空を見上げる。
同行者の仕草につられて己も顔を上げた松永久秀は、その澄んだ青さに目を細めた。
「なんとも涼しげな色彩だな。こちらの暑さなどとは無縁のような色をしている」
真夏の昼下がり、辻先に陽炎が現れそうなくらいの暑い時間帯である。
足元に落ちる濃い影を踏みしめて、織田信長は不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「何を呑気なことを。わざわざこんな時間に人を引っ張り出して来たのは貴様であろう」
首筋の汗を手拭いで拭う若者をちらりと眺めて、松永は苦笑する。
「ご足労いただいて悪かったね。此方から迎えに行くつもりだったのだが」
その言葉に、笠の下から鋭い視線が向けられた。
「待たされるのは好かん。どうせならもっと早く来い」
信長はそう言うが、松永は遅刻をしない男である。
今回も相手を迎えに行こうと時間通りに自宅を出ようとした時、誘った人物の方から宅の門をくぐって来たのであった。
どうせ暇だったのだ、と若者は話すが、京に居る間の彼が尾張に居る時よりも多忙な事は松永が良く知っている。
恐らくは、と松永が信長の心中を想像して擽ったそうに微笑を浮かべると、相手がおいと威嚇するような低い声を出す。
「なにを笑っている、気味の悪い」
「嗚呼、いや。少し、自惚れてしまったものだから」
そう答え笑っている松永を、信長は不審げな眼差しで見つめる。
「おかしな男だな」
「おや、知らなかったのかね?私は始めからこういうモノだけれども」
片眉を上げて試すような言葉を紡ぐ梟雄に、信長の苛立ちが増したらしい、黙れと低い声で制された。
「貴様の真(まこと)など腹を裂いて覗いてやっても隠すだろうが。それよりさっさと案内をしろ」
暑さのおかげでこちらの冗談がいつも以上に通じないと松永はつまらなそうに溜息をつきながら顎髭を撫でる。
「なんとも辛辣な評価だな。そんな卿のお望みの目的地は既に見えているよ、あそこだ」
男が長い指で示したのは、道の先にある町はずれの森だ。
涼を求めるには良い場所だが、信長は眉をひそめて腰に手を当てる。
「あのような所にあるのか?町はずれは物騒だと聞いているが」
「確かに場所によっては怪しげな連中がたむろしている。まあ、それらも卿が来る前に私があらかた綺麗にはしたのだけれどもね、此処は殊更丁寧に整えているのだよ」
さらりと信長が来る以前に京の地を実質的に治めていた時分の成果を語ると、松永は行こう、と信長を促して歩き始めた。
斜め前を行く男の背を追いながら、信長は疑問を重ねる。
「その場所に、なにか思い入れでもあるのか?」
「感情的なモノじゃあない。土地の質、として私が気に入っているというだけだよ」
肩越しに信長を見遣って、松永は悪戯気な含み笑いを漏らした。
「野盗達に美味い茶が淹れられる清水を呉れて遣れるほど、私の心は広くないというだけでね」
あの場所を選んだ理由を語る男に、若者の表情が緩む。
「成程。貴様らしい」
「ふふふ、有難う」
森に入ると、下草は綺麗に刈られ、道も整えられている。
木々が作る日蔭の涼やかさに、信長は笠を外して息をついた。
暑さから逃れられて目元の険しさも落ち着いた若者に、松永も笠を外して語り掛ける。
「茶を差し上げる前に、少し涼んで行こうか。来たまえ」
清水が流れる小川へ若者を連れてくると、松永は己の手拭いを濡らして彼へ差し出した。
「だいぶん汗をかいただろう?これを使うと良い」
目の前の手拭いを見つめて何か考えるような顔をしていた信長が、頭を振って小袴をたくし上げると草履を脱ぐ。
「どうせ冷やすならば、こちらの方が手っ取り早い」
そう言うと手ごろな岩に腰掛けて小川に足を浸した。
無邪気な様子で水中に浸している足をぱたぱた動かし、心地が良いと笑う信長を、松永は後ろから目を細めて見つめている。
「久秀、お前も来い」
降り返って松永を呼ぶ声に、男はゆったりと頷いて笑みを零した。
「嗚呼、そうだね。折角だから供をしようか」
脱ぎ捨てられている信長の草鞋を揃え、その近くに己の草鞋を脱ぎ置くと、若者の隣の岩に松永も腰を下ろす。
清水の冷たさで、体の中に溜まった熱気が一瞬で引いてゆく。
「うん、これは良いな」
生き返るようだと安堵の息をついた男を、信長は首を傾げて見つめた。
「なんだ、お前はこういう事をしないのか?」
「独りの時は不用心だからね。それに」
「それに?」
おうむ返しのような問いに松永は僅かに言いよどむが、首筋の汗を手拭いで抑えながら苦笑いを浮かべる。
「大の大人が水遊びをしているように見られるのは、流石に困る」
水遊び、という言葉に、信長は声を上げて笑った。
「ははは、弾正殿が小川で独り戯れている、と京雀どもの噂になるのは俺にとっては面白いがな」
「事実だけを笑われるのは我慢出来るがね、噂話には尾ひれが付くモノだ。無責任な噂話ほど迷惑なモノは無いよ」
「そういった下らないモノは無視を決め込むのでは無かったのか?」
信長の問いに、松永は川の流れを見つめながら片眉を上げて不快そうに口角を下げる。
「私自身はね。だが、下らない作り話を信じてしまう輩は少なからずいる。松永弾正には角が生えている、牙が生えている、夜になると目が光る・・・そんな莫迦げた話を信じ切って私に会いに来る阿呆がいまだにいるのだから、人の口から語られ繋がってゆく噂とは面倒なモノだ。卿だって、はじめはそんな私の噂を信じていたじゃあないか」
急にこちらに話が振られ、信長は一瞬きょとんとするが、直ぐに目元に力が籠った。
「たわけ。俺がお前の噂など信じていたことなど無いわ」
おや、と松永が意地悪そうな笑みを滲ませる。
「女の代わりに自分を抱くのか、この阿呆、と夜中に酷く責められた事があったのだけれども?」
ばしゃっと松永の横で大きな水しぶきが上がった。
「っ、本当の事だろうが!」
川の中で膝まで水に濡らし、仁王立ちになっている信長の顔は耳まで赤い。
いつかの夜の話を持ち出されて動揺する若者を、松永がおかしそうに目を細めて見つめる。
「毎夜毎夜、傍らに女人を侍らせないと貴様は眠れぬ男なのだろうとか、散々に言ってくれたではないか。全く、どこの誰からそのような稚拙な話を面白おかしく吹き込まれたのやら。卿はそれを信じていたのだろう?ゆえに私にそれを投げつけた。これが違うと言うのかね?」
表情は柔らかいが、信長に向けて紡がれる言葉は詰問にも似た鋭さが含まれていた。
こぶしを握り締め、信長は口元をぎゅっと引き締める。
「あれは、・・・真実だと・・・」
噂だとは思わなかったと言いたげな若者の様子に、松永の眉間の皺が深くなった。
「卿らしくもない。作り話を、聞いただけで信じたのかね」
軽蔑するように鼻を鳴らした梟雄へ、信長が違うと食って掛かる。
「・・・・・お前がっ、妙に手慣れていたからだ!」
己に対する誘い言葉の使い方も、手の差し出し方も、抱き締め方も。
『卿だから、良いのだよ』
酔い心地で男の腕の中に捕らわれ、その言葉を耳にしたとき、信長はふと我に返った。
いままで、己を好いているといった人物が、純粋に自分を好いてくれた事など無かったと思い出したのである。
甘い言葉の裏にはいつも何かがある、特にこの男は食えぬ奴だった、とそこまで瞬時に考えた時、女人を幾人も侍らせるらしいという梟雄の話が彼の中に蘇った。
自身の猜疑心と相手の艶めいた噂話に絡みつかれた若者はあっという間に屈折した感情に吞まれ、腹立たしくなった勢いで松永を押しのけ、酷く罵ったのである。
その時の勢いに任せた罵りは、今の信長には言い過ぎたという自覚がある。
後ろめたさはあるものの、不器用な彼は自分から言った手前引くに引けず、それらしい理由を探した。
「あ、あれだけ慣れた様子を見せられれば誰でも、どんな下らぬ噂だろうと信じるわ!!」
心底呆れたような表情で、松永が腕組みをして若者を眺めている。
「では、誘いが手慣れていなければ信じなかったと?」
ぐっと、信長の言葉が詰まった。
川の中で立ち尽くす若者に、松永はやれやれと鬢のあたりを掻きながら空いた手を差し伸べる。
「それも違うのだろうな。恐らく、卿はあの噂以外に信じる事が出来なかったのだろう?私の言葉を、そして卿自身の魅力を」
岸に上がろう、と促してもその場から動かない信長に、男も川に入って相手に近付いた。
「どちらも信じられなかったゆえ、つまらぬ噂のせいにした、というのが本当の所ではないのかな?私を信じられぬ理由を手ごろな作り話のせいにしてしまえば、卿自身に対する内の不安は表に出さないまま、簡単に塗り込められるだろうからね・・・さあ、上がろう。夏とはいえ、これでは身体が冷えすぎてしまう」
相手が言葉だけでは動かないと分かっている松永は、半ば強引に無言のままでいる信長の手を取る。
意固地な彼がその手を振りほどくかとも思ったが、案外と相手は素直な様子で松永に手を引かれて歩き始めた。
岸に上がり、濡れた足を拭いていると、信長がぼそりと声を落とす。
「分かっていたのか、あの時に」
身支度を整えながら、男は嗚呼と軽く返した。
「卿は分かりやすいからね。素直なのに、正直に生きられない」
「それを、何故今頃になって俺に伝える」
草履を履き、信長の履物を彼の足元に置くと、松永は穏やかに笑う。
「夜に口説けなかったのならば、昼間に口説いてみるのも一興かと」
素直と評された信長の顔が、再び赤くなって行く。
「っ、きさま・・・」
信長の足元に片膝をついた姿で、松永は余裕の笑みを崩さない。
「今ならば、下らぬ噂話で卿が煩う事も無くなっている筈。少しは私の話を聞いてくれるかと思ったのだが、どうかな?」
顔を赤くしたまま、信長の眉間に難しげな皺が寄った。
「・・・あの夜のやり直しをしたいと?」
否、と男は頭を振る。
「一度通り過ぎた出来事の繰り返しなどつまらないだろう?それに、今はお互い変化している」
「?」
松永の言葉の意味が分からず首を傾げた信長に、相手が手を差し出した。
何の気なしにそこへ己の手を重ねると、松永は信長の手の甲へ唇を寄せる。
ちゅ、と軽く音を立てて口づけを落とした男が、ほらねと微笑した。
「以前ならば卿はこの手を取る事は無かっただろう。私も、卿を見上げる姿を好んで行う事はしなかっただろう。変化とは、こういう事だよ」
手の甲に残った相手の唇の感触のせいで小さく鳴った胸を気付かれぬようにと、信長は目線を外してぶっきらぼうに返事をする。
「そう言う事か・・・回りくどい説明が好きだな、相変わらず」
若者の手を握ったまま立ち上がった松永は、そっと信長の耳元へ顔を寄せる。
「言葉だけでの説明は、理解しにくい事も多い。相手の表情、体温を感じながら説明するのが何よりの近道でなないかとね」
「・・・調子に乗って近付き過ぎると痛い目をみるぞ?」
そっぽを向いて低い声を出した信長に、松永は軽く身を引いて小首を傾げた。
「おや、これは嫌だったかな?」
自分と相手に隙間が出来た様子をちらりと見遣り、信長は困ったように眉をしかめる。
こちらの気遣いに返事が無いので、松永は握った手も離そうと力を緩めたが、逆に相手の方が手を握り直してきた。
「構わん」
気恥ずかしいのだろう、俯き耳を赤くしている若者は、小さな声で短く告げる。
そんな相手の精一杯の言動に、松永は穏やかに目を細めてうん、と応えた。
「では茶室へ案内しよう。この先は落ち着いた場所で語らいたいのでね。嗚呼、しかしこれだけは先に伝えておくよ、信長公」
名を呼ばれて、信長は松永の顔を見上げる。
感情の読み取りにくい深い色の瞳が、じっと信長の目を見つめていた。
「最初から、私は卿を誰かの代わりに抱こうなどとは思っていないよ。織田上総介信長公に代わりなど居るはずも無いじゃあないか」
そう静かに語ると、悪戯気に笑む。
「それに、卿のような人物が何人も居たら堪ったものでは無いし」
信長のこめかみがぴきりと痙攣した。
「・・・久秀、俺に嫌味を言いたかっただけか・・・?」
「ふふふ、まさか。口説く、と先程から言っているだろう?」
のんびりと笑いながら松永は返すが、信長は苛立ちを隠すことなく低い声を出す。
「これで口説いているつもりか?馬鹿にされているようにしか聞こえぬが」
「逆だよ。卿のような人物が何人も居たら、私が独占出来ないから困ると言っているのだ」
握った手を持ち上げて、松永は首を傾げた。
「納得して貰えただろうか?」
信長はハッとした表情になったが、口をへの字に曲げて松永を睨みつける。
「・・・もっとっ、分かりやすく話せ!回りくどいと何回言わせれば気が済むか!!」
照れ隠しの怒号に、松永はおやととぼけて見せた。
「それは済まなかったね。ならばもっと分かりやすくするとしよう、どれ」
そう言うと、彼はぐいと力強く相手を引き寄せる。
一度は遠ざかった距離を事も無げに縮めると、その勢いのまま松永は信長の唇を塞いだ。
相手を試すように、ついばむ程度の軽やかな口づけを繰り返し続ける。
最初は松永を拒否するように空いた手で押しのけようと試みていた信長だったが、次第に物足りなそうな吐息を混じらせて男の口づけに応える仕草を見せ始めた。
相手を焦らすような淡い口づけを幾度も落として、ようやく顔を離した松永は、目元を潤ませている若者に穏やかに笑みかける。
「これが、私の独占欲だ。解って貰えたかな?」
松永の余裕に対し、信長は息を乱して相手の肩口に額を預けた。
「・・・・・あほう・・・・・力が、抜けたわ」
身を預ける若者の癖っ毛を優しく撫でつけながら、松永は甘い低音で誘う。
「良いよ、そのまま私に凭れかかりたまえ。茶室までお連れしよう」
ん、と素直に頷いた信長を横抱きに抱えて、松永は本来の目的地へ歩き出した。
「卿を欲しい、と言ったら、今度こそ信じてくれるかね?」
男の腕の中で、相手が僅かに身じろぎをする。
「・・・少しだけ、信じてやる」
「残念だ。全幅の信頼は勝ち取れなかったと」
「続き次第、だな」
「うん?」
信長の返事に松永が足を止めると、胸元で信長が彼を見つめていた。
「まだ口説いている最中だと、お前自身が言っていたではないか。久秀」
相手自ら、成就の可能性を告げられた松永は嬉しそうに笑う。
「・・・ふふ、確かにそうだった。さて、どう伝えれば愛おしい卿の心は動くのかな」
「し、知るか!」
素直だが正直になれない若者を、松永は軽々と抱えて自らの茶室の門をくぐる。
あの夜に伝え損ねた己の数少ない胸中の熱を、梟雄と呼ばれる男はもう一度伝え直すために、魔王と呼ばれる事となる若者の頬へ大きな手を滑らせた。
(終わり)
お疲れ様でした。
久秀と若信長様でお久しぶりの作文です。相変わらずな流れなのはすみません、個人的趣味です。
信長さまは可愛いのです、自分の中では。
不器用で、素直で、でもそういう純粋な部分を表に出すのが苦手だから正直に自分を出せなくて。
大人な久秀からしたら、そんな信長さまは可愛いとしか見れなさそうじゃないかっていう、そんなお話でした。
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