ネタを探してウロツイテおりました・・・
ええと、今回は創作です。いつも通りなんですけれど、久秀が若信長さまの生息地にどーんと割り込んで来た感が凄い話です。
有名な逸話からちょっとネタをお借りして。
忙しく書き上げたので後で修正するかもしれませんが、宜しければお付き合いくださいぃ(願)
往く者
香のかおりが、僅かに鼻の奥に届いた。
先程それに触れた手の平から漂ってきたものなのだろう。
だが、そんな香りなど、己は嗅ぎたくはない。
草履を脱ぎ捨て、素足で荒々しく河原の砂利を踏みしめながら、若者は握りこぶしに力を籠める。
皆が呆然とこちらを見つめる中に混じって、自分に向けられた母親の蔑むような、諦めたような表情が脳裏をかすめ、ぐるぐると赤黒い感情の渦へ更に苛立ちが混ざり合わされた。
何故、死んだのだ。
おのが息子を見て居るとはとても思えぬ鋭い目付き、地響きのようにも聞こえた大声、己の頬を張った大きな手。
成長した今でも、どこかで彼の存在は恐ろしかった。
しかし、彼の期待に添うような言動をしたときに向けられた、誇らしげで楽しそうな様子を見るのは酷く嬉しかったのだ、己が一人前に近づいたと認められた気がして。
そういうやり取りを繰り返し、少しずつ彼に叱責されるよりも認められる事の方が増えて行くことが、名実ともに織田の頭領になって行く過程なのだと若者は思っていた。
その過程が、突然断ち切られる。
―――大殿が、お倒れに。
そこから先の侍従の言葉は、憶えていない。
戦で手傷を負っても大声で笑い、平然と酒をあおっていた人だった。
病というモノが怖がって近寄らないのではと思える程、風邪一つ引いた姿すら見た事が無い人だった。
そんな父親が、あっという間に死んだのである。
若者は急ぎ宅へと奔ったが、到着した時には枕元に置かれた線香の細い煙筋と、白い布が掛けられた姿を見る事しか叶わなかった。
父が死んだ、と言う事は頭で理解している。
しかし、今の若者の心に寄り添い、心底に折りたたまれた悲しみを享受してくれる者は周りに居ない。
兄弟のように信頼している部下は幾人か居るが、肉親の死の前では結局かれらは部下であり、他人である。
ならば彼の母親は、といえば。
若者が彼女に目を向けると、その隣にはいつももうひとり居た。
信長殿、と彼女は穏やかに微笑みかけてくれる、だがその微笑みの隣に居る己がおとうとの存在に、若者は素直に笑い返す事が出来ない。
今日だって、と若者は唇を咬んだ。
読経の場に正装もせず、ざんばらな格好で行くしかなかった己の心境を、彼女と弟は理解しようとする素振りすら見せなかった、と若者は感じる。
―――貴方は兄なのですから。
―――実の弟ではありませぬか。
―――あれは気持ちが優しい子なのです、もっと慈しんでやりなされ。
―――信行は出来るというのに。
幼い頃から言われて来た、母からの何気ない言葉たちが蘇り、若者の弱った心にぐさりと刺さる。
そしてなぜ、皆あのように落ち着いた顔で葬式に出ることが出来るのだ、とも思う。
数日前までぴんぴんしていた人物が死んだ、という事実に今日は誰も取り乱す様子も見せず静かに数珠を握り締めているのが、若者には気味が悪く見えたのである。
時間を掛けて正装に着替え、背筋を正して綺麗に座っている人間達の悲しんでいる、と言う言葉はあの場での決まり事の台詞のようにしか聞こえず、若者は苛立ち紛れに手元の小石を拾って川に向かって投げつけた。
「失礼」
背後から、低い声が響いた。
人の気配に全く気が付かなかった若者は心中で驚きながら、急いで振り返る。
「少々、道を尋ねたいのだが」
不思議な男が、目の前に居た。
この辺りでは見た事の無い男である。
身綺麗な格好をして、髪も綺麗に結い上げ、髭も綺麗に整えている、歳は中年の域に入ろうといった所か、若者にはそう見えた。
「・・・何者だ?この辺りの者では無いな」
訝しげな声を出す若者に、男は微笑して見せる。
「本日、尾張織田家で送られる人物がいると聞いて訪ねて来たのだ。彼とは多少なりとも縁があったものだから」
若者はますます不審げに眉をひそめた。
「俺の親父殿に用、だと?」
若者の言葉に、男の顔が小さな驚きに変わる。
「君の父上だって?では・・・」
「織田信長よ。信秀は俺の父だ、いま経を上げられているがな」
平然とそう言い切った若者を、男は呆れた表情で頭からつま先まで眺めた。
「信長殿、といえば尾張織田家の当主殿ではないか。君・・・いや卿はなにゆえこの様な場所で石投げに興じているのだ?」
男は至極真っ当な問いをしたのに、若者はそれを聞いて不機嫌そうな顔になり、腕組みをしてそっぽを向く。
「葬式など俺が居なくとも坊主が進めよう」
「では、せめてお父上に挨拶はされたのかね」
「嗚呼、位牌に香を投げつけて来た」
川面に鋭い目線を遣りながらぶっきらぼうにそう返すと、暫くの沈黙が訪れた。
「・・・・・ほう」
喉の奥で漸く、と言ったふうな返事が聞こえて来て、若者はまた他人に余計な事を言われるか、と素直すぎた己の言葉を少し気に病む。
元々人見知りな性格の彼は、初見の人間に対して簡単に口をきくような事はしないのだが、今は何故だか言葉が勝手に滑り落ちた。
よその土地の人間ならば後腐れは無いだろう、という気持ちがどこかにあったのかもしれない。
少なくとも目の前の男が話す言葉の癖は、尾張周辺のそれとは全く違う響きがあって、若者にとって全く違う世界の人物と話している気分になっていたのである。
「葬式など、下らぬ」
顎に手を当ててなにやら考えている男の耳に、若者の突き放すような言葉が聞こえてきた。
見れば、若者は川面を睨みつけたまま、口元を引き結んでいる。
「死ねば、それで終わりではないか。葬式など、生きている奴らの勝手でしかないのに」
「周囲の者達を見て、卿はそう思ったのかね?」
「親父殿が死んだ夜は皆がこの世の終わりみたいな顔をしていた。だが、葬式の準備をしている時になったら、どいつもこいつも・・・いつもの仕事の延長線のような顔で平然としていた」
「悲しみの欠片など無かった、と?」
「親父殿は俺にとって親父殿だが、部下達にとって所詮は他人ということだろうよ」
悲しみを享受できる人物が居なかったことが、彼をこの場に連れて来たのだろうと男は察する。
他の肉親の話が出て来ていない、というのもこの理由の一つなのであろう。
葬儀に対する若者の不審を、男は困ったものだと独り肩を竦めて顎を撫でた。
「私が言う事ではないのだろうが、形式、というモノはそれなりに存在しなくては困るのだよ」
「名も知らぬ者が、俺に説教か」
川面に向けられていた鋭い視線が、男に移る。
そんな威嚇に男は動じず、口元に微笑を浮かべて鬢の辺りを小指で掻いた。
「説教と取るかつまらぬ世間話と取るかは卿次第だ。武家の当主ならば、多くの作法、行事を教え込まれているだろう?死した者を送ることもまた、家として存続させるための行事だよ、個人の感情とは別物のね」
少し前に、傅役の平出から語られた内容と似ている、と若者はうんざりした顔で男の話を聞いている。
男はそんな若者の様子など気にせず、淡々と話を続けた。
「前の当主が死した場合、周囲は新しい当主の器量を葬儀という行事の中で見定めようとするものだ。そして死人は、ヒト一人の単位では無く、家の存続を助けるための行事の素材の一つと変わるのだよ。卿以外の者たちは、それを理解しているから葬儀を『仕事』として処理していたのだろう」
「・・・俺一人が、その仕事とやらを放棄した阿呆だとでも言いたそうだな」
むくれた様な声を出した若者に、男は苦笑いして軽く首を振る。
「卿が阿呆かどうかは知らないよ。ただ、それだけ素直に己の感情を表す者が居ても良いとは個人的に思うがね。素直すぎた結果、織田家当主としての力量を疑う部下は少なからず出て来る事だけは否めないけれども」
男の言葉に、若者の口元が僅かに開いた。
「待て。お前は・・・否定しないのか?」
片眉を上げて、男が喉の奥で笑う。
「見ず知らずの人間が、頭ごなしに否定するのも失礼ではないかな?どちらかというと、私は卿の言動が嫌いでは無いし」
若者がますます妙な顔をして男を眺める。
「・・・おかしな男だな」
昔から、若者は変わったお人だと言われ続けて来ていた。
その変わった、というのは決してほめ言葉では無い事を彼は知っている。
常の武将ならばやらぬ、言わぬ事を、彼は己の内で抑えておけずに外に出してしまうのだから仕方が無いのに、周りはそれをただのうつけ、と困った様子で諌めるばかりなのだが、この男はそんな己の部分を良しと言った。
肉親にも理解されない所に光を当てて笑う男に、若者は小さく動揺する。
身なりもきちんとしている、礼儀作法も自然と表せる様子のこの男が、自分の何に共感したのかと思った。
「お前くらいの歳の者達は、俺が理解出来ぬとぼやく者ばかりだ。お前は俺の、何を良しとするのか」
笑みを消して、男が片眉を上げて低い声を落とす。
「先程、卿は人が死ねばそれで終わりだ、と言ったね。しかし葬式の準備をする部下たちの無感情に憤ってもいた。その相反する感情が、私にはとても興味があるのだよ」
己でも知らない内の矛盾を指摘され、若者の表情が強張った。
男は続ける。
「その食い違う感情の波のうねりは、普通しか知らぬ者達には分かる筈もないだろう。だが、その答えの出ない葛藤こそが卿らしさであり、強みでもある」
「なにを、偉そうに・・・!」
男の片方の口角が、意地悪気に上がった。
「当たり前だ、卿よりは見えているからね。ふん、少し覗かれたくらいで怯むのはまだ幼い証拠だな」
図星をさされて、若者の頭にぱっと血が上る。
刀を握る手に力が籠った。
「っ貴様!!」
顔を真っ赤にして目を据わらせた若者に動じる事も無く、男は後ろ手になって鷹揚に相手を見据える。
「父上の葬儀の日に刀を抜くなど野暮な事は止めておきたまえ」
「名も名乗らず好き勝手な事を抜かす輩など切った内に入らぬわ!」
刀の柄に若者の手が掛かりそうになった時。
「止めておきたまえ」
相手の言葉とほぼ同時に、ずしり、と空気が重苦しいモノに変わった。
目の前の男が半眼でこちらを静かに見据えているだけなのに、先程と空気が一変している。
それが本物の殺気だと、若者は瞬時に気付いて動きを止めた。
「いま、認めるべきは認めたまえ。いつかまた、卿は私と再会するために」
突然語られた先の話に、若者は酷く戸惑って眉間に深い皺を寄せる。
「・・・何の話をしている・・・再会?」
片眉を上げて、男はさあね、ととぼけた。
「僅かな可能性の話だ。位牌に香を投げつけて憂さ晴らしをしているようでは、卿に先の話など語れぬよ。相反する己の内を、卿自身が綺麗に表せるようになった時が来たならば、私は名を告げて差し上げよう」
随分と偉そうな口調で語る男を、若者は睨みつけたまま、内心で首を傾げている。
本当に、こんな男と父親は付き合いがあったのだろうか。
こんなおかしな話をする輩と、昔気質だった己の父親が何かしらの繋がりがあるなど若者には信じられないままだ。
だが、と若者の中のもう一人の彼が呟く。
俺自身は、興味がある、と。
若者が、今まで会った事が無い種類の人物だった。
己の内を見透かすような発言には腹が立つけれども、少なくとも自分の家臣団には存在しない思考の持ち主で、更にこちらの語った事に否定だけではなく頷いてくれたのである。
そして自分は、あの瞬間にホッとしたのだ。
若者は赤の他人に対して感じた己の感覚の理由が分からず、言葉が出てこないまま目を泳がせた。
そんな彼の気持ちに気付いたように、男が小さく息を吐いて暗い気配を抑える。
「まあ、尾張の織田、という地位を確立させ、継続させるのはこれから卿が努力していくべき目下の目標であろうな。先の話どころではあるまい、急かせてしまって申し訳なかった」
「・・・その口ぶり、俺が出来ぬとでも言いたげだな?」
「今日の言動を、常日頃見ている取り巻きがどう思うかと考えれば当然だろう」
父親の葬儀にも出ない当主など、誰が素直に頭を下げるかと男が苦笑すると、若者は胸を張って鼻を鳴らした。
「ふん。なにを言われようと、従わせるのが俺の役目だ。織田の当主はこの信長よ」
母親でも無い、信行でも無い、織田家の当主は自分なのだ、と若者の目の光が鋭さを持つ。
当主、という言葉を力強く言い放った若者の姿に、男は満足げに頷いて居住まいを正した。
「なるほど、その瞳の強さは真のようだ。ならば私は、卿に期待して此処を辞することにしようか」
「?親父殿の葬式はまだ続いているぞ、行かぬのか」
当初の目的を忘れたのかと若者が訝しげな声を出すと、男は微笑して手をひらりと振る。
「なに、実は卿の父上との直接の縁は薄いモノなのだ。それよりも卿と出会えた方が良い収穫となったからね、後日墓にでも挨拶に来よう」
河原の向こうに、彼の馬を待たせていたらしい。
そちらへ目を向けた男に、若者は問いを重ねた。
「お前は、どこから来た?」
若者の方へ振り返り、男はすいと西の方角を指差す。
「尾張よりもずっと西から」
「都か?」
若者の問いに、男はふふと軽く笑って小首を傾げた。
「答え合わせは、名乗りの時にしよう。楽しみは取っておくものだよ」
勿体ぶった相手の言葉に、若者が嫌な顔をする。
「面倒な男だな・・・違えるなよ」
「勿論。では織田信長殿、失礼つかまつる」
ぴしりと若者に向かって武家らしい挨拶をすると、男は足音も立てずに歩み去って行く。
父親の葬儀の日に出会った妙な男と織田信長が再会するのは、彼が都で将軍に初めて謁見する場である。
その時、信長はあの日と変わらぬ容姿の男を目にする事となるのだが、河原で独りその男の背を見つめている若き信長にはまだ分からぬ、先の事だった。
(終わり)
久方ぶりに久秀と信長さまのお話でした。
信長さまのお父様、信秀さんの葬儀の時のお話は有名すぎて今更アレなのですが、今回はその有名さをネタにして。
そんなシチュエーションに久秀を投下したらどうなるかなって思いまして創作をでっちあげて遊んでいました(笑)
久秀はBSRのあの容姿ですね。歳を取らないっていう設定でも余裕そうなBSR久秀です。
信長さまは、大河のあの繊細そうな雰囲気が頭から離れないので、そちらのイメージで書いてみました。
既に先を往く久秀、父親の死から先へ往こうとしている信長、という事で、往く者。
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