そろそろブログ内でも年締めの話が出て来る頃ですが、ここはもう少し踏ん張って・・・もう一本くらい作文出来たら・・・などと夢と希望を残しております。
さて、お久しぶりの更新は、今日が冬至!という事で時節ネタで。
短いお話です。
久信前提のお話です、お暇潰しになれば・・・!
柚子香
年末が近づく町中を吹き抜ける風は、寒さの中に忙しなさも含めて道行く人々の背を押す。
年の瀬、という言葉に急かされて慌ただしく動き回る市井の人々を横目に、独りゆったりと歩を進める壮年の男がいた。
長身で体格もがっしりとしているし、動きも他の誰とも少し違うので街中では目立つ存在の筈だが、町の人々は彼を気にすることなくそれぞれの仕事に精を出し、駆け回っている。
風呂敷包みを片手に慌ただしい町中の空気をのんびり楽しむように歩いていた男が、ふと何かに気付いた様子で笠を僅かに上げ、とある店先へ視線を留めた。
茶屋の縁台に、笠を被り茶を啜っている侍風の人物が居る。
誰かを待つふうでもなく、余裕のある様子の相手を確かめた男は、道を行き交う人々を器用に避けながら茶屋へ近づいた。
人の流れに逆らってこちらへ歩み寄る男に気付いた相手が、笠に手を添えて軽く鼻を鳴らす。
「珍しい男が来たな」
先客の隣に茶を頼みながら腰を下ろすと、からかうような口調の相手に片眉を上げた。
「それは此方の台詞だ。供も付けずにそぞろ歩きと?」
「気晴らしよ。考え事に行き詰まってな。供がいないのはお前も同じではないか」
運ばれて来た茶に手を伸ばしつつ、男はまあねと軽く返す。
「大名行列をする程の用事でも無いのでね。かと言って部下に任せっぱなしにしていると日が暮れてしまう、そんな程度の用だよ」
男の脇に置かれた紫紺の風呂敷包みへ、相手が目を遣った。
「なんやかんや言いつつ、お前は自分で動かぬと気が済まんのだろう?」
口元に茶碗を添えた姿勢で、男が低く笑う。
「ふふ、そうだな。部下が無能という訳でも無いのだけれど・・・今日のような日は、特に気が急いてしまっていけない」
「今日?」
笠を上げて、男は雲一つない冬空を見上げた。
「冬至だよ。一年のうち、天照大神が最も早い刻時に寝所へ入られる日とでも言おうか」
「ややこしい物言いをする・・・だが、まあ分からんでも無い」
茶が冷え切る前にと茶碗を空けた男は小銭を置いて立ち上がる。
「まだ昼過ぎだというのに頼りない日の強さだ、今日の天照殿は随分とやる気が無いようじゃあないか、公よ」
その動きにつられるように相手も立ち上がり、並んで歩き始めた。
「仕方あるまい、俺たちもさぼりたくなる時はある」
「おや、私も入っているのかね?」
複数形の言葉を耳にし、こちらを眺めて小首を傾げた男に、公と呼びかけられた織田信長は胡乱な目付きを送る。
「当たり前だ。お前はさぼると言うより模様眺めで何もしないと言ってやった方が正しいか、弾正」
笠の下で松永久秀が苦笑を浮かべた。
「これは辛辣な。まだ根に持っているのかね」
口元を下げ、腕組みをしてそっぽを向く信長。
「お前のせいで死に掛けたのだ、忘れるものか」
いつぞやの戦の話を持ち出され、口で謝っても魔王殿の機嫌が直る事がないと分かっている松永は、苦笑したまま風呂敷包みに片手を差し入れる。
「過ぎた事に改めて頭を下げても卿の不興はおさまらないかな・・・ならば此れで」
足を止め己から顔を背けている信長へ、松永が何かを差し出した。
顔の横で、ふわりと涼やかな香りが漂う。
久方ぶりの懐かしい香りに、信長が松永の方へ向き直ると、相手は大きな手に小さめな黄色い実を持って、ちょっと困ったような表情でこちらを見つめていた。
「此れで、仲直りというのはどうかね?」
「・・・柚子か」
自然とその黄色い実へ手を伸ばすと、松永が渡してくれる。
でこぼことした表皮の触覚を確かめながら実を鼻へ近づけると、独特の爽やかな香りが鼻腔に広がった。
そんな柚子の実をしげしげと見つめている信長に、松永は柔らかく語り掛ける。
「所用で寄らせて貰った宅にて沢山貰ったのだ。湯に入れるもよし、卓に上げるもよし、どうかな?」
おや、と信長がなにか思いついたような顔で松永の手元を見た。
「久秀、ではその風呂敷の中身は・・・」
下げている包みを軽く持ち上げて、松永が肩を竦めて笑う。
「嗚呼。中身は全て柚子の実だ、漆塗り入りの」
相手の話しぶりからてっきり書物などの仕事関係だと思い込んでいた信長は、意外な荷物の中身に目を丸くしたあと、笑い出した。
「神妙な顔をして何を持ち歩いていたのかと思えば・・・柚子売りにでもなるつもりか?」
「それも悪くない。傷も痛みも無い良い柚子だ、それなりに売れるとは思うがね。だが今年は止めておこう」
口元に笑みを残したまま首を振った松永の返しに、信長が悪戯気に鼻を鳴らす。
「なんだ、やらんのか」
試すような相手の口調に対し、松永も片眉を上げて顎を撫でた。
「卿にお裾分けをする約束を先にしてしまったからね?」
「貰うとは言って無いぞ」
「ならば是非にも差し上げよう、冬至に出会ったのも縁だ」
松永の方でさっさと結論を出すと、彼は再び歩き出した。
「私の宅にてお分けしよう。器に入れないと格好がつかないからね」
松永の宅はもう近い事は信長にも分かっているが、柚子だけ貰って帰るのも味気ない、と彼は思う。
並んで歩く相手の顔をちらりと見遣って、信長は努めて自然な口調で呼びかけた。
「久秀」
「なんだね」
松永は前を向いたまま短く応える。
そんな相手の横顔に、信長は言葉を探した。
「お前の宅で、休みたい」
横目で信長をちらと眺める松永。
「構わないとも」
何を改めて、と言いたげな相手の返事に、こちらの本心はまだ伝わっていないらしい。
もう一言、と信長が足元に目を落として口を開きかけた時、先に松永の声が聞こえてきた。
「柚子は、私の部下に届けさせようか?」
はっと顔を上げると、相手がこちらを見つめて笑んでいる。
「卿が忙しくなければ、夕餉でもいかがだろう。冬至の長夜は人恋しくなってしまってね」
ふわりと、信長は己の耳が温かくなってくる感覚を覚えた。
「・・・良いのか?」
「勿論。ああ、だけど卿から一筆頂けるかな?卿の部下達から人攫いに遭ったと騒がれては困るから」
そういって穏やかに笑った松永につられて、信長も口元が緩む。
「分かった。柚子をぶら下げた梟に攫われたと書いてやろう」
「流石にそれは勘弁してくれ、卿の部下は冗談が通じない輩ばかりで大騒ぎになる」
迷惑そうに溜息をつく松永と、笑いながら並んで歩く己の影が昼下がりだというのに、既に長く伸びている。
その景色から長い夜の気配がもうすぐそこに伺えて、信長はふと笑みを消して息をついた。
「長い夜は、好かぬ」
相手の孤影を松永は受け止め、足元の影へ目を落とす。
「その為の梟だよ」
静かにそう告げ、自宅の門を認めて客人となる相手を促した。
忍び寄る夜の気配を後ろに、二人は温かい明かりが灯る宅内へ入って行く。
二人にとって今年の冬至の長夜は、ほんのりと温みを伴った、珍しい夜となりそうであった。
(終わり)
12/21が冬至ということで久しぶりに作文をば。
自分が書いている信長さまは、夜が嫌いな人として書いています。
考えすぎて眠れない、そういう神経質なタイプといいますか・・・寝るのが勿体ないと考えているようなイメージですね。
なので冬至とか夜が長くなって行く時期が嫌いそう、という所からのラスト。
久秀様は意外と人付き合いの幅が広いかも、ということは貰い物が多そうだな、というイメージからこんな話になっています。
ウチの庭に柚子が植えてあって、実がいっぱい付いたので貰って下さい松永様!とか言われてお土産に持たされた設定です。
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