お久しぶりです!
一年に一度の爆弾正の日、という事で今年も記念がてらの作文を。
この頃は長い作文ばかり書いていたので、軽めの分量となっております。
十月十日、という日とは直接関係の無いお話になってしまいましたが、相変わらず自分が書く松永久秀はややっこしい人、として活動しております。

久信設定で書いております、カップリング設定苦手な方はご注意ください!

 

------------

神無月の吐息

 

 

「晴れていればもっと強く香るのだが」

傘を差して隣に並ぶ、己より背の高い男が低い声を出した。

「今年は雨が多い、直ぐにこの香りも秋雨に流されてしまうかも知れないな」

庭に植えられた金木犀の前でそう話す男の横顔は、何となく残念そうに見える。

今日の雨は彼の低音の響きを遮ることなく、静かに降り続いていた。

そんな水のにおいも混じった金木犀の花の甘い香りを吸い込んで、織田信長は小首を傾げる。

「そんなにこの香りを好むのか」

花の方へ視線を向けたまま、男はおやと意外そうな声を出した。

「私が入れ込んでいるように聞こえたかな」

「惜しいような言い方をしている」

「そう、惜しいという表現は相応しい。花の香ほど季節を感じつつも儚く消える存在はないからね」

こちらに顔を向け、回りくどい返答をした松永久秀は口元に微笑を浮かべて傘を少し上げた。

松永の動きに合わせて傘の縁から雨だれが数滴落ちる。

「ならば、卿はいかがだろう」

黄橙色の小さな花々を横目でちらりと眺め、信長は妙な花だ、と返す。

好きか嫌いかを純粋に聞くだけのつもりだった松永は、相手の予想外な言葉に片眉を上げた。

「どう言う事かな?」

不思議そうな声を出した松永に目もくれず、秋雨に濡れる金木犀を観察するように視線を送りつつ、信長は口を開く。

「この香りを嗅ぐ奴は総じて懐かしさを感じると口々に言う。毎年この花の時期になると必ず。他にそんな花はあるか?」

視線を空に投げ、顎髭へ手をやって松永は軽く鼻を鳴らした。

「まあ、確かにおかしな花ではあるね」

「春の沈丁花も良く香るが、アレに懐かしさを憶えるという奴はあまり聞かん」

信長の声音に小さな棘が混じっている事に気付いた松永が首を傾げる。

「なにやら迷惑そうな声に聞こえるけれども」

いつの間にか眉間に軽い皺を作って、相手の口元は下がっている。

「毎年毎年、この花を見るたびに同じ事を言う奴が多すぎて聞き飽きたわ」

信長という人物は毒にも薬にもならない会話をのんびり楽しめる人物ではないと松永には分かっているので、心底うんざりしている彼の様子に同情を持って笑いかけた。

「ふふ、卿にも同じ懐古の情を、この丹桂をきっかけに共有して貰いたいのだろう」

「花や香りは嫌いではないのだがな」

「そうか、私はこの香りが嫌いだけれども」

穏やかな口調で告げられた梟雄の言葉に、信長は眉間の皺を緩めて視線を相手に向ける。

相変わらず微笑は湛えたまま、松永は金木犀へ目を向けていた。

「嫌いなのに己の庭に植えているのか?」

相手の問い掛けに、手のひらを信長へ軽く向けて松永は少し、言葉を探す素振りを見せる。

「ああ、言葉が少し違ったかな・・・気に食わない、とでも言ってみようか」

緩んだはずの信長の眉間の皺が、また深くなった。

「尚更分からんぞ」

此方へ向けていた手のひらを返し、そのまま顎先を撫でる仕草をしながら松永は視線を遠くに投げる。

「この花の香が持つ懐かしさには、魔力のようなモノが含まれている気がしてね、気に食わない」

「魔力?・・・皆が口にする懐古感がそれか」

「懐かしがることの出来る思い出を持つ者には、それだけだろう。だが」

視線を戻すことなく、松永は話を続けた。

「私のように朧げな記憶しか持たない者にはね、この香りはありもしない思い出を作り上げて、それが真の記憶だと手招きをするのだ。甘苦い、しかし今では良かったと感じてしまえる出来合いの思い出を。困ったものだよ」

金木犀の香りを嗅ぎ、松永の低音の声を耳にしながら、信長は秋晴れの爽やかな日に、気のおけぬ供周りの者達数人と遠掛けに出掛けた少年期の己を思い出している。

あの頃でも明るい気分になる事は少なかった筈だが、いま思い出している若人の自分は、秋の穏やかな日差しを浴びながら楽しげに笑っていた瞬間しか蘇らない。

「記憶とは曖昧なものだ。そして現在置かれている状態で、いくらでも記憶は改竄されてしまう。その改竄の手伝いが出来る力を、この花の香は殊更持っているのだろう」

「・・・俺の記憶も、都合よく変えられているのか?」

訝しげな声を出した信長へ、松永は苦笑いを見せた。

「卿のようにちゃんと思い出を持っている人物ならば、華やかで明るい香りに誘われ、楽しかった記憶ばかりが引き出されやすくなっているのだろうな、あまり悪く取らないでくれたまえ」

己に疑心暗鬼になると疲れるよ、と男は続けて鬢の辺りを掻く。

松永が過去や思い出で生きている男ではない事は信長も承知しているが、それでも尋ねてみたいことがあった。

「お前は、抜けた記憶があることを己で知っているようだが」

「それくらいの自覚は持っている」

「ならば、探せばよかろう」

今まで穏やかだった松永の目が、すっと細められて冷たさを見せる。

「何故」

「今のお前が出来た原因を過去から探し、突き詰める気は無いのか」

生真面目な表情でそう問い詰めてきた信長を暫く見つめ、松永は苦笑交じりに肩を竦めた。

「原因か。なかなかの言われ様だ。だがね、先程も話したように記憶は改竄されやすい。もし過去の私を知る者が居たとしても、それは松永弾正久秀の真の姿だったのか、誰も判断できない話だ」

「探す気は無い、と」

信長の顔と金木犀を交互に眺め、男は片眉を上げて片側の口角だけを上げて見せる。

「現在、こうして卿と並んで傘を差し、丹桂を眺めている私が全てだ。それで構わないよ。卿だってその方が気楽だろう?」

確かに、己のむかし話にばかり興じる人物とはあまり付き合いたいとは思わない信長である。

そうだな、と短く返して腰に手を当てた信長を見遣り、松永が小さく笑った。

「ちなみに公よ、丹桂の花言葉は知っているかね?」

男の問いに、信長はちょっと嫌な顔を見せる。

「はなことば・・・そんな類も知っているのか、お前は」

「思い出は忘れっぽいけれども、その空いた場所へ知識を蓄えておこうとね、日々励んでいる賜物だ」

嘘か本当か分からないことを言って笑んでいる松永を胡乱な目付きで眺め、信長が溜息をついた。

「知らん。教えろ」

傘を傾げ、雨の降り具合を確認しながら梟雄は口を開いた。

「謙虚、謙遜、真実の愛、初恋・・・」

教えられてゆく花言葉を聞きながら、信長が喉の奥で笑う。

「久秀に似合わぬ言葉しかないぞ」

己の傘を静かに下ろした松永が生真面目な表情でうんと頷いた。

「そう、だから尚更気に食わない」

相手があまりにも真剣な表情で頷くものだから、信長がとうとう声を上げて笑い声を上げる。

可笑しげな笑い声を聞きながら、松永も口元に笑みを浮かべて傘を畳み、信長へ手を差し出した。

「だが、嫌いになりきれない言葉もあってね」

「まだあるのか」

己の傘を畳み、こちらに預けて首を傾げた信長を見つめる。

「陶酔」

「?」

なんの意図かと信長が目で尋ねるが、男は微笑を湛えた表情で小首を傾げて、明るくなってきた空へ顔を上げた。

自分につられるように空を見上げた信長の横顔をちらと眺め、松永は静かな声を出す。

「とある人物を連想させる言葉ゆえ、嫌いになれない」

「他人に対してよりも、お前自身に酔っているように見えるがな」

「まさか。己自身など、彼を知って行く陶酔感にはとても叶わないよ」

ふと、相手の声音に甘さが混じったことに信長は気付いた。

こちらへ視線が向けられている気配も感じるが、相手に顔を向けるきっかけを掴めない信長は空を見続けるしか出来ない。

「・・・晴れて来たか」

「嗚呼、久方ぶりの青空だ」

他愛のない言葉の返事をしてやりながら、じんわりと耳を赤くしている信長の横顔を、松永は穏やかに笑みながら見つめていた。

 

ばたばたと忙しない日々を過ごしている第六天魔王、織田信長は、この日も難しい顔でなにやら思案しながら廊下を早足に歩いていた。

夏の暑さが引いてくる神無月は、農民にとっても武士にとっても忙しい月となる。

部下達へ言いつける次の指示をあれこれと考えている信長の鼻に、突然ふわりと甘い香りが届いた。

思わず足を止めて、廊下の横の庭に目を遣る。

そして何かを見つけると素足のまま庭へ下り、目的の木の元まで歩み寄った。

「神無月か」

低くそう呟くと、咲き始めた小振りな黄橙色の花を見つめる。

謙虚、謙遜、真実の愛、初恋、そして陶酔。

憶える気など無かったのに、あの男のせいで記憶してしまった花言葉を胸の内で呟く。

物知り顔で語った男と彼から紡がれた花言葉たちがあまりに正反対だったものだから、信長の中で印象に強く残ってしまったのである。

その出来事からこの花の香りを毎年嗅ぐたび、信長はあの男とあの日を思い出すようになっていた。

記憶は改竄されるモノだ、と以前男は話していたが、いま己が思い出している彼も、自分の都合の良い姿として改竄されているのだろうかと信長は己への疑念から眉根に皺を寄せる。

『己に疑心暗鬼になると疲れるよ』

懐かしい声と鬢を掻く懐かしい姿が、ふと脳裏に蘇った。

あれだけ己を振り回し、翻弄した男が、いまさら自分に都合の良い姿に変換されるはずが無いと、その姿を思い出した信長は確信して苦笑いする。

「貴様に、言われるまでもないわ」

結局今年も、この日にあやつを思い出させられたと魔王は苦さだけを口元に残して、庭の片隅に植えられた若い金木犀の木から背を向け、現在の己に戻って行く。

今宵の信長は、梟と呼ばれた男を思い出す夜となりそうだった。

 

(終わり)

 

 

 

今年の1010日ハナシはこの様な感じで書いてみました。

金木犀を題材にした作文はBSR二兵衛でやったことがあったので、被らないようにと気を付けて。

秋の題材としてよく使われる金木犀ですが、BSR久秀さんだったら素直に「良い香りで美しい花」とは言わなそうかなと思いまして。捻くれ者ですから。

で、そういった久秀の捻りの効いたモノの見方を面白がることが出来る人が信長さまだったら、まあ私が楽しいです、という作文でした。

ちなみに信長さまのところの金木犀は、雨中での久秀とのやり取りの後に植えられた若木、という裏設定だったりします。

お付き合いくださいまして有難うございました!