こんにちは。

新鬼武者の創作話の完結となります。
恐らく知らない、と思われる方が結構いらっしゃるゲームとなっているでしょうが・・・書いてる本人がとても楽しい作文でした。
お暇潰しを探していらっしゃる方のお手伝いになれば幸いです。

 
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Promises Promises <完結>

 3.

「幸壓殿!」

凛とした呼びかけに応えるように、天海の目の前に大きめの紫魂が闇の中からふわりと浮き出てくる。

「御坊、いかがなされた」

紫魂からの無感情な問いに、浄化師も冷静な声で返した。

「話は聞いていた筈だ、秀康は俗世へ帰る事となった」

迷いの無い彼の言葉に驚いたのは、蒼鬼自身である。

慌てて口を挟もうとしたが、振り返った天海に鋭い目つきで制され、何も言えなくなってしまった。

紫魂の姿になっている幸壓は、変わらず無感情な響きで天海に言葉を投げ掛ける。

「白き悪魔への杭を抜くと?」

「ああ。そこで秀康が行っていた杭の役割を、其方たちに託す方法を知りたい」

暫く、沈黙が訪れた。

紫魂はゆらゆらと揺らめきながらもその場に留まっていたが、不意にそうだな、と呟くような声が天海達の耳に届く。

「白き悪魔が封じられた直後よりも、随分と状況が変わった。我らがこのままヒデヤスに甘え続ける訳にもいくまい」

幸壓の言葉に、天海の眉間に皺が寄り、蒼鬼は目を丸くした。

「当然だ。大事な一族の末裔を、このような所に一生縛り付ける事を先祖孝行、とは言わせぬ」

鬼の小手を着けた腕を胸高に上げ、天海は言葉を続ける。

「私にこの小手を託した鬼の一族は、彼等に貢献したヒトの命をも救ってくれた事がある。力の戻りし黒き鬼の一族には、そのような気概があるか否か」

その問いに紫魂が大きく揺らめき、感嘆の声が響いた。

「おお・・・我らを解放してきたのは、やはり御坊だったか」

「私だけでは無い、多くの浄化師たちの協力のお蔭だ」

天海と幸壓の会話の間に、蒼鬼の声が恐る恐るといった様子で挟まれる。

「あの・・・ちょっと待った。何の話をしてるのか教えてくれよ」

「私より語ろう、ヒデヤス」

幸壓が蒼鬼の戸惑いを受け取った。

「黒き鬼の一族は、この御坊と関わりのある鬼一族より遥かに数の少ない血筋。ゆえに、先の白き悪魔の騒乱の際、もともと少なかった我ら一族、殆どの者が湧き出た幻魔どもの力に屈し、力を弱められてしまった」

そんな状態の中で現れた一族の末裔。蒼鬼と名乗る若者が天海に見いだされ、結果的には鬼の小手の力をも借りた黒鬼の力を使い、フォーティンブラスを倒す。

だが、と幸壓の話は続く。

「我ら一族は幻魔に蹂躙された傷が癒えず、その白き悪魔を封じ続ける力すら、その時分には持っておらなんだ。ヒデヤス、お前に頼るほかの無いほどに」

初めて聞かされた黒き鬼一族の内情に、蒼鬼は酷く戸惑った表情で首を傾げた。

「俺は・・・アンタらに頼まれた憶えなんてないけど・・・」

天海が静かに口を開く。

「血、というモノは本能的に物事を察する場合があるのだろう。初見の私へ、お前が刃を止めた時のようにな」

ちらと鬼面姿の天海と対峙した過去を思い返し、蒼鬼は軽く鼻を鳴らした。

「そっか、それなら何となく解った。じゃあ、あの時と状況が変わったっていうのは?」

「そこな御坊のお蔭だ」

「天海が?」

身近な人の名に、意外そうな表情でその本人へ顔を向けるが、天海は目を伏せ黙している。

「この三年の間、湧き出た幻魔に抑え付けられていた一族のものを、解放して廻ってくれたのが御坊に似た人物だと聞いた。お蔭で、我ら一族の力は回復してくることが出来ている」

天海が伏せていた目をあげ、首を振る。

「結果論だ。地上に残っている幻魔を倒してゆくのが我ら浄化師の役目。幻魔退治を行った結果、鬼一族を解放しただけの話」

「否、貴方は知っていたのだろう?我らを解放することが、ヒデヤスを杭の役目から放ってやれる近道なのだと」

三年間の幻魔退治の意味を問われた天海は、不愉快気に片眉を上げ、溜息をついた。

「そのような近道など知らぬ、己に出来る事をしてきたまでだ。幸壓殿、私の話をする暇があるのならば、秀康を帰す話をしてくれないか」

「天海、俺は先にアンタの話を・・・」

興味深げな蒼鬼に、天海は半眼で見据えていい加減にしろ、と黙らせる。

「まず帰らねば何も進まん。幸壓殿、流石に何も残さず去る訳にもいくまい?」

「そうよな。我らだけで抑えておける、と伝えられれば気兼ねなく戻れるのであろうが、情けなし」

ちらりと蒼鬼を横目で見遣り、此処で必要なモノは何だと浄化師は幸壓の紫魂へ問うた。

「秀康の形代か」

「血の呪符までは要らぬ。一房の髪と、自らの手で書き留めし真の名。御坊からも同じ二つを預かることが出来るのならば、それで良い」

天海の存在まで求められ、彼は不可解そうに眉根へ皺を寄せる。

「・・・私の?私では力不足であろう」

「黒き鬼を導きし紅き鬼の力、白き悪魔との戦いでは劣ったかも知れぬ。だが鬼一族に関わる貴方の封としての力、なんの不足があろうや」

顎に手を当てて少し考え込んだ天海は、ゆっくりと頷いた。

「此処まで来たのだ、手を貸すしかあるまい」

相手の承知に紫魂が、大きく揺らめいた。

「痛み入る」

その言葉の後に、真っ暗な空間がぼんやりと薄明るい空間に変わる。

「暫し、私は席を外そう。用意が出来たら声掛けを」

幸壓は二人にそう告げると、掻き消えるように姿を消した。

僅かに視界の開けた空間を見渡して、天海はやれやれと言った様子で腰に手を当てる。

「一族揃ってこき使うか・・・」

白髪を揺らして溜息をつく天海の後ろ姿に向かって、蒼鬼はしょげた声を出した。

「ごめん、結局巻き込んじまって」

振り返り、元気を無くした若者の胸板を軽く叩く。

「気にするな、お前のせいでは無い。鬼一族に使われるのが私の仕事だ。さて、準備を始めるぞ」

腰に付けていた筆筒や紙を用意し始めている天海の手元を眺めながら、蒼鬼は首を傾げている。

「髪の毛を一房、というのは分かるんだけどさ、名前まで書けっていうのが良く分からない」

「名前というのは簡易的な形代として使える。もっと当人の力が必要な場合はその血で呪符を書くが、今回はそこまで要らないようだな」

「うえ・・・生々しいお話・・・」

準備する手を動かしつつ、若干引き気味の蒼鬼へちらりと目を遣って微笑した。

「散々血を見て来た奴が言う台詞か?」

若者が渋い顔になって反論する。

「戦で流れる血だって本当は好きじゃない。それを敢えて自分で傷つけ文字にするんだろ?呪いって怖いな」

「そうだな。人の念を具現化しようとする手段だ、決して綺麗なモノではない」

そう言いながら半紙を蒼鬼に渡した。

「此処にお前の髪を」

それぞれの髪を半紙に収め、次に筆を渡された蒼鬼がうんと唸る。

「真の名って、結城の名で良いのか?」

「ああ」

封筒の形状に紙を折っていた天海は、白紙へさらりと名を記している蒼鬼の横顔をそっと見つめた。

「秀康」

「うん?」

「お前には伝えておきたい話がある」

先程より硬い口調の相手に気付き、紙面から目を上げて蒼鬼は不思議そうな声を出す。

「なんだよ、改まって」

筆筒に使い終わった筆を戻し、軽く感謝の言葉を添えて天海へ手渡すと、若者は相手に向き直った。

「心配事でもあるのか?」

「そうではない。以前、お前は私に言ったことがあったな、秀康という名を呼び続けてくれと」

懐かしい話に、蒼鬼の顔に笑みが浮かぶ。

「勿論憶えてるさ。結構な我儘言ったのに、天海はその約束を今でも守ってくれてる、ありがとな」

相手の笑みにつられるように天海も微笑むが、視線が少し、揺れた。

「秀康。今度はお前に、憶えていて貰いたい名があるのだ」

天海の妙な緊張感の意味など深く捉えず、蒼鬼は大きく頷く。

「あぁ、この封印に関係する名前ってことだろ?分かった」

こちらの言葉を聞き逃さんとしている蒼鬼の目をじっと見つめ、天海がゆっくりと息を吸った。

「明智左馬介秀満、という名を憶えていて欲しい」

蒼鬼の口が、僅かに開く。

「・・・・・あけち・・・?」

若者はその名字を頭の中で辿ろうとするが、世間で話題に上っていたのは随分と昔の響きだった気がする。

そんな過去という単語から、明智の名字はある出来事より、声高に呼べない類の名になったことを思い出した。

「ええと・・・明智って、あの?」

目の前に立っている白髪の男が、小さく頷いた。

「明智左馬介秀満・・・・・これが私の真の名だ」

さまのすけ、と蒼鬼は口に出して斜め上を見上げながら何かを思い出そうとしている。

予想していたよりも驚きの少ない相手の反応に、天海が心中で首を捻りながら謝罪の言葉を口にした。

「本当はもっと早くお前に教えるべきであったのだが・・・すまん」

宙に向けていた目線を天海に戻し、不思議そうな声を出す蒼鬼。

「なんで謝るんだ?侍から坊さんになっているんだったら昔の名前があって当然だろ。別に俺に言わなくても・・・って、あれ、なんで俺に??」

察しが悪いのか、無意識の優しさか、と天海は鬢の辺りを掻いて苦笑する。

「秀康、本能寺の真相は知っているな?」

こっくりと若者は素直に頷く。

「ああ、幻魔が関わっていたって話だよな。それが?」

「その折、鬼一族に小手を託された男も聞いたことがあろう」

腕組みをして、当然だと蒼鬼は胸を張った。

「俺の前に居た鬼武者だろ?紅い鬼の話は散々きい・・・・・」

勢いよく言葉を続けようとした若者が、あ、と急に間の抜けた声を出す。

「あけち、さまのすけ」

「ああ」

そして瞬きを繰り返し、恐る恐ると言った様子で天海を指差した。

「・・・さまのすけ・・・?」

「そうだ」

真顔で頷いた天海と暫く見つめ合ったまま、目をまんまるにして蒼鬼は絶句している。

相手に凝視されている浄化師は、酷く居心地が悪そうな表情で前髪を掻き上げた。

「だから、すまないと・・・」

天海の言葉で我に返った蒼鬼が慌てて手を振る。

「ち、違う!責めてる訳じゃなくって。天海が、あの鬼武者なのかなって前から思ってたトコもあってさ、頭では何となく分かってたつもりだったけど・・・・・その、実際言われると驚いちまうモンなんだな・・・」

前から分かっていたつもり、という相手の一言が天海の胸に引っ掛かったが、取り敢えず蒼鬼に言葉が戻ってきたことに安堵して、小さく息をついた。

「人の世では古びた名だが、鬼一族には左馬介のままで呼ばれるゆえ、改めて秀康には伝えておこうと思ったのだ」

「そういう事か・・・うん」

顎に手を当てて天海の言葉を頭の中で整理しようと暫く黙っていた蒼鬼が、ふと口を開いた。

「でもさ、どうして坊さんになったんだ?幻魔退治だけなら侍のままで良かっただろ」

蒼鬼にとっては素朴な疑問だったが、天海は口元を引き締めて厳しい様子をちらと見せる。

「豊臣の世では、明智の名は特に都合が悪くてな」

天王山を制した後の秀吉は、徹底した明智の残党狩りを行ったのだと蒼鬼も聞いたことがあった。

明智側の主力として、また鬼武者としての左馬助を、豊臣秀吉は執拗に探したのだろうと予想はつく。

「そっか・・・確かに秀吉にとっちゃ明智って、自分の主を倒した仇だもんな。幻魔うんぬんを別としても」

「主君を斃した逆賊という建前で追い掛け回されれば、此方の分が悪い。浄化師の修行を始めたことを機に、名を変えたのだ」

初めて聞いた天海の過去に蒼鬼は僅かに顔をしかめ、腕を組んだ。

「・・・苦労してきたんだな、天海」

自分の事を脇に置いて此方の過去に心を痛めてくれた若者へ、天海は微笑して肩を竦める。

「そんな顔をするな。確かに色々と経験してきたが、私はいつも仲間達に恵まれて来ている、決して悪いことばかりでは無い」

「仲間・・・」

筆筒から筆を取り出しつつ、天海が頷いた。

「皆との縁(えにし)によって、私は生かされて来ている。秀康を始めとした皆にな」

そう語って筆先を整えている天海の横顔を、蒼鬼はじっと見つめている。

紅き鬼と呼ばれた男は几帳面な手跡で己の名を書き留めると、それぞれの封筒に髪と名を入れ、封を掛けた。

そして身支度を確認し、蒼鬼へ凛とした顔を向ける。

「ゆえに、私自身も縁で繋がった仲間を、生かす努力をしてゆかねばならん」

静かに話を聞いてくれている若者の澄んだ瞳をしっかりと見つめ、天海は穏やかに笑んだ。

「秀康、帰ろう。そして、」

生きよう。

そう告げて、遥か昔に鬼の小手を託された男は高らかに錫杖を鳴らした。

 

此方の顔を見た相手の反応は、きっと先程の自分と同じ反応なのだろう、と妙に冷静な気持ちで眺める己がいる。

もともと大きい目を一層見開き、口は言葉にならない何かを言うようにぱくぱくと動いている彼女へ、何となく申し訳なさそうな声が出た。

「えっと・・・ただいま・・・で良いかな?」

頭を掻いている蒼鬼を見、その隣で気持ち心配そうな顔をしている天海へ視線を移した阿倫は、自分を落ち着かせるように胸に手を当てて大きく息を吸い込むと、ああもう、と声を上げる。

「やっと声が出た!!」

「大丈夫か、阿児」

淡々と声を掛けてきた相棒に、少しむくれた様子で腰に手を当てる阿倫。

「大丈夫じゃないよ、驚きすぎちゃって言葉を忘れそうになったんだから!」

「それは悪かった」

誤りながらも穏やかに笑んだ天海の表情に、少女の次の文句は思わず喉元で止まってしまった。

三年前、独りで比叡に戻ってきた時から今まで、一度も見せる事が無かった心の底から湧き出るような彼の笑みに、阿倫の胸がじんわりと温かくなる。

ずっと後悔しながら探していた心の欠片を、この相棒は漸く見つけられたのだろうとその笑みで察することが出来た。

久し振りにこんな嬉しそうな相手を見てしまえば、阿倫が文句など言える筈もない。

「さま・・・天海」

名前を言いかえた阿倫に、天海は軽く肩を竦めて首を振った。

「左馬介で構わん」

「え?」

「秀康には伝えてある」

ちらと蒼鬼へ目を遣ると、彼も承知しているように頷く。

自分だけが知っていた紅き鬼の名を共有する人物が現れたことに阿倫は僅かばかりの驚きを抱きつつ、指先を顎に当ててふうんと鼻を鳴らした。

「・・・そう。じゃあ左馬介」

何を言うのかとこちらに顔を向けている相手に、にっこりと笑いかける。

「良かったね」

己を良く知る戦友の温かい言葉に、天海も目を細めて嗚呼と静かに答えた。

阿倫は次に、笑顔のまま彼の隣に佇む蒼鬼へ向かって声を掛ける。

「そして蒼鬼」

「うん」

嬉しそうに此方を見つめる若者の顔を眺めながら、阿倫は三年前から用意していた言葉を口にした。

「お帰り。待ってたよ・・・左馬介も、あたいも、ずっと」

鬼一族の歴史をよく知る彼女にも、蒼鬼が独りで背負い込んできた荷の重さは痛い程に分かるものだった。

だから、彼が帰って来ることが出来た時には、天海と共に迎えようと彼女なりに心に決めていたのである。

以前、黒き鬼として目覚める手助けをしてくれた阿倫より伝えられた心からの労いの言葉に、蒼鬼は晴れやかな笑顔を見せ大きく頷いた。

「・・・ただいま!」

一先ず帰還の挨拶が済んだと見た天海は、自分たちが通ってきた異界の出入り口を振り返り見る。

「阿児には話すことが色々とあるが、取り敢えずこの穴を塞いで戻ろう。秀康、頼む」

白い歯を見せて笑っていた蒼鬼が、天海の言葉から思い出したように表情を引き締めた。

「了解、二人ともちょっと離れててくれ」

異界の穴と向き合って何か作業している若者の背を二人で眺めながら、阿倫は首を傾げる。

「左馬介、結局あの向こうは鬼一族の空間だったってことなの?」

「結果的にはな。黒き鬼の一族がフォーティンブラスを封じている空間に、穴が出来ていたらしい」

目線を蒼鬼へ向けたままの天海を見上げて、阿倫が胡乱気な声を出した。

「・・・それって、封印が緩んで穴が開いたって話じゃない」

「いや、そういう話でも無かったようだぞ」

「?なにそれ」

ちらと阿倫の顔へ目線を動かし、天海が悪戯気に笑む。

「鬼一族の気紛れに、我等はいまでも付き合わされているという事だ」

別れ際に本人の姿で現れ、それが何処となく蒼鬼に似ていた、あの幸壓という一族の者を思い出し、天海は前髪を掻き上げた。

 

―――偶然、という言葉は便利よな。

二人の名と髪を預かった武者姿の幸壓がそう呟くのを耳にした天海が訝しげな表情になって、低い声を出す。

『どういう意味だ、幸壓殿』

蒼鬼と同じ、亜麻色の髪を持つ幸壓は感情の無い様子のまま、天海の顔を見た。

『深い意味など無い』

短くそれだけ告げると、帰り道まで送ろうと背を向ける。

蒼鬼と少し顔を見合わせた天海だったが、そのまま相手の誘導に従って行く事にし、三人とも無言のまま随分と歩いて異界の出口へ着いた時、振り返った幸壓が漸く口を開いた。

『秀康と左馬介がそれぞれ割れた鬼面を持っていたこと、地上に生きる左馬介が通りかかった道中で鬼らしき噂を耳にしたこと、其処に鬼一族が関わる異界への穴が開いていたこと、そして・・・左馬介が探す秀康が居たこと』

すらすらとこれまでの出来事を並べる相手に、天海が眉根に皺を寄せて詰問にも似た口調で問い詰める。

『全てが偶然ではない、と言いたいのか』

強めの声音にも動じず、幸壓は飄々とした空気のまま首を傾げた。

『さて、始まりは偶然だったやもしれぬが』

此方を試すかのような物言いに、天海の眉間の皺が深くなる。

『どこからを必然とした』

幸壓はこの天海の詰問に、何故か薄く笑った。

『左馬介は我等に問うたな、黒き鬼の一族には気概があるか、と。これが答えよ』

天海では無く秀康を見つめながら、幸壓はそう語る。

若者はその言葉に、驚いた声を上げた。

『アンタ達の気概って、俺を戻す・・・そういう事か・・・?』

右手にある異界からの出口を見遣ってから、幸壓は静かに目を閉じる。

『お前の肉体は生きている。ならば、地上での生を全うしてくるのが本来の務め。さあ、紅き鬼武者と共に行くが良い、我等の末裔』

真意を測りかねていた天海は漸く分かったと溜息をついて苦笑いした。

『回りくどいのは、この一族も同じか』

『左馬介は利用されたと思っているであろうな。しかし、秀康と一番深く縁を繋いでいる貴方にしか頼めぬことだった。助力に感謝している』

『役に立てたのならば幸い、と言っておこうか・・・では我等は戻ろう』

出口へ歩み寄ったとき、蒼鬼が幸壓へ顔を向けた。

『幸壓、あの馬鹿の封印、頼んだぜ!』

朗らかに頼まれた幸壓は、深く頷く。

『任せよ。お前は己の生を進め。左馬助、どうかこの男を変わらず頼む』

そうして二人の鬼武者は、地上へと戻ってきたのであった。

 

異界の口を閉じて此方に歩んでくる蒼鬼を二人で待っているとき、天海の隣で阿倫が小声で語りかけてくる。

「左馬介、アンタってほんと、馬鹿真面目だよね」

彼女の言葉に、片眉を上げて天海は小首を傾げた。

「なんだいきなり」

天海の顔を見上げて、阿倫が悪戯気に笑む。

「どうせまた、黒い鬼の一族にあの子の面倒を頼むって言われて来たんでしょ?」

「・・・・む・・・・・」

図を突かれて無言になった戦友を、阿倫は大笑いする。

「やっぱりそうなんだ!!」

歩み寄ってきた蒼鬼が、不思議そうに二人を眺めた。

「どうしたんだ?大笑いして」

「左馬介の馬鹿真面目さを褒めてるの」

「褒めるというには笑いすぎだがな」

口元をへの字にして居心地の悪そうな天海を、蒼鬼も笑う。

「そんな顔するなよ、天海の馬鹿真面目のお蔭で、俺がこうして居られるんだ。一緒に笑っちまえばいい」

「二人とも頭に馬鹿をつけるな、馬鹿を!」

論点はそこでは無い、と天海が文句を付けるが、蒼鬼と阿倫は笑いながら顔を見合わせる。

「えー・・・でも、ねぇ?蒼鬼」

「確かに天海はなぁ・・・真面目の上の上を行っちまってるからなぁ・・・ただの真面目じゃ物足りないというか・・・」

こちらをからかって遊んでいる二人に雷を落とそうかとも天海は思うが、久しぶりに見る蒼鬼の笑顔に、怒る気が失せてしまう。

そんな自分にふっと小さく笑って、天海は企む様な目つきで蒼鬼を見据えた。

「ならば秀康、お前は馬鹿正直と言ってやろう。なんでも直ぐに顔に出すゆえな」

その提案に阿倫が賛成、と手を上げる。

「蒼鬼はことごとく嘘つけないもんね!」

「ちょ・・・っ!?なんでそうなるんだ!!」

矛先が自分へ変わったことに蒼鬼が目を白黒させている様子を、今度は天海と阿倫が笑った。

「ふふ、人の事をあれこれ言えば返ってくるのだ。さあ戻るぞ」

白髪を煌めかせて帰り道を歩み始めた天海の背を、蒼鬼は嬉しそうに眺める。

そんな彼を阿倫が見つけて、蒼鬼、と声を掛けた。

「左馬介と、約束してたんでしょ」

いきなりの問いに、蒼鬼が驚いた表情を見せる。

「あ、ああ、天海には凄く辛い思いをさせた約束だったけれど・・・」

「分かってるのなら、早くアイツの所に行ってやって」

強めの物言いに蒼鬼が少し戸惑うが、阿倫は構わず言葉を続けた。

「一緒に生きるって、そういう事なんだから」

戦友の目線で見続けてきた天海の心情を、彼女なりの言葉で若者へ伝える。

ほら、と更に促された蒼鬼は頷き、阿倫に頭を下げた。

「・・・うん、ありがとう、阿倫」

紅き鬼に向かって駆け出した若者の姿を眺めると、阿倫は安堵の表情を浮かべて世話の焼ける子供が一人増えた、と小さく笑い、二人の後を追って歩き出す。

泣き鬼の噂はこれ以降聞く事はなくなり、代わりに紅い僧衣の浄化師と蒼い鎧の若武者、そして小柄な尼僧、三名での見事な幻魔退治話が各地で聞かれるようになったという。

 

 

(終わり)

 

 

 

お疲れ様でした・・・!

こんなに長いのを書いて、完結させたの初めてかもしれません。途中で文章変わっていたらすみません。

新鬼武者のエンディングが自分でどうにも納得できなかったので、なら自分で書いて気持ちを落ち着かせようと思い立ちました、我ながら怖い域です。

なんで天海という名になったのか、とか、蒼鬼がどうして独りでフォーティンブラスを抑えに行かなきゃいけなかったのか、とか、とりあえず書きたい事を書きました。

新鬼武者の作文は、一先ずこれで区切り・・・になるのか?

また気が向いたら書くかも知れませんが、ひとつの区切りとなりそうです。

こんな自己満足作文にお付き合い下さった方がいらっしゃいましたら、心よりの感謝を。