明日から小さい旅に出るので、今日はもう一個。

まさか此処まで長くなるとは。


以下、本編です。




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「・・・なあ、書状には『万事委細承知候』と書いてあったよな・・・?」
「その覚えはある。何だアレは」
三人の気配が近づき、それに気付いた徳川の武将が陣から出てきた、までは普通であった。
しかし何やら様子がおかしい。
そわそわし始めたと思ったら、武将同士で顔を見合わせては此方を眺める、それを繰り返して完全に挙動不審な五人なのだ。
皆、自分たちより歳がだいぶん上の武将であるのに。
「刑部殿、ちゃんと説明したのだよな・・・?」
「その筈だが・・・貴様のことは明記している、と言っていたぞ」
なんだか、怪しい。

「・・・そうそう家康の事は、『体調に変化あり、此方で看護している』とは書いたがなア」
くつくつと低く笑いながら、玉を見つめている大谷。
返ってきたら三成に責められそうだが、お互いのこの反応は愉快極まりない。
これで少しは相手の警戒も薄れるであろうよ、と幸先の良い結果に満足して、玉を脇へ寄せた。
三成ばかり心配していられない、此方は陣払いの手筈を整えておかなければ。

引くに引けない状況なので、ゆるゆると挙動不審者達に近づいてゆくと、流石に武将の体面を思い出したようできりりと姿勢を正して三人を迎える。
「石田三成、徳川家康殿と本多忠勝殿をお連れ致した」
「石田軍御大将自ら、我らが殿をお送り下さり、誠に感謝致す所存」
自己紹介も含めた型通りの挨拶の後、家康が口を開く。
「三成殿、大谷殿には大変世話になったのだ。お前達もよく覚えておいてくれ」
「はい、殿・・・あの・・・」
家康を見て、どうして良いか分からないといった部下たちに苦笑しながら、ひょいと肩を竦める。
「すまん。松永久秀に不覚を取って、このざまだ」
「大谷殿からは御身体の不調とは伺っておりましたが、まさか竹千代様になっていらっしゃったとは・・・」
やはりそういうことか・・・と家康と三成は顔を合わせて溜息をつく。
刑部には後で説教だ。
「詳しい話もある、中で説明するよ。三成、頼む」
「ああ」
「それと、これはお前のものだ。返す」
廿鍔の刀を三成へ渡そうとするが、三成は手を出さない。
「話が終わるまでは貴様が持っていろ」
「もういい、緊張は解けたから」
「なんだと?」
にっこり笑って、後ろをついて来る部下をちらりと眺めて声を小さくした。
「刑部殿の悪戯のおかげで、あいつらも驚きすぎて毒気を抜かれてしまったらしい。軍師殿の作戦勝ちだな」
それにワシは刀を扱いにくい、と続ける。
「解った・・・」
「あとな、三成」
「なんだ」
「刑部殿に説教はしてくれるなよ?お前を護る為の悪戯だ」
「・・・ああ」

三成から、関ヶ原での詳細を聞いた徳川の武将達は、松永久秀と聞くと一斉に苦虫を噛み潰したような顔をした。
「鳴りを潜めていたと思っていたら、また厄介な事を」
「殿の御身体を治すには、松永の元へ行かねばいかぬとは」
「あの火薬が厄介だな」
「おかしな香も面倒だ」
歴戦の猛者達も、松永の狡猾で大胆な戦術には以前、痛い目に遭っているらしい。
そんな話を聞いていなかった三成は、家康を睨みつける。
「おい家康、貴様松永と一戦交えたことがあるのか?」
「小競り合い程度だ。それに、弾正も本気ではなかったし」
「殿、あれで松永は手加減をしていたのですか!?」
「ああ、あれで本気だったら、ワシもお前達も今、此処にいないわ!」
「笑い事か!!」
快活に過去の戦を笑い飛ばそうとした少年に拳骨をくれる。
「石田殿!」
途端に色めき立つ部下達。
それを手で制しながら、相変わらず手加減無しだなと苦笑に変える。
「弾正の居所は、刑部殿が探ってくださるそうだ。あまり時間を置きたくは無いが、ワシがこれでは締りがつかん。一先ず陣払いをして城へ戻ろう。その後でお前達には、ワシの事を下の者達へ動揺が無いように伝えて貰いたい」
一斉に頷く。
「承知いたしました。昨日、大谷殿から停戦のお話も伺っております。陣払いの段取りは直ぐに進めまする」
「それとな、あとひとつ」
「はい」
「ワシのこの体にあう、戦装備を急ぎ揃えてくれないか?」
「そうでしたな。早速・・・」
別の部下が、あ、と声を挙げた。
「ちょうど、そのお姿のあたりの装備は取ってあります!」
にこにこしていた家康が固まる。
「・・・は?」
「竹千代さまのご成長を忘れぬようにと、以前御召になられた物は大方取ってあるのです!」
「と、取ってある・・・!?」
「はい!!」
この老将、興奮気味で、やけに嬉しそうに語る。
部外者の目で三成が淡々と呟いた。
「孫の成長記録だな・・・」
「み、みつなり!」
「城に戻れば直ぐに出させましょう、きっと寸法は合うはずですぞ」
「え、う、・・・ああ・・・」
物凄く複雑な表情をしている。
家康の成長記録に対して、戦の時よりはつらつとしている部下達が心配になってきた。
城のあそこに保管されているとか、いやあちらに移したとか、妙に楽しそうに相談し始めた部下を眺めながら、三成がニヤリとする。
「貴様の餓鬼の頃の衣装、楽しみにしているぞ」
困ったように、こめかみに手を当てる家康。
「・・・やめてくれ、まさかそんなものまで大事に取ってあるなんて聞いていなかったぞ・・・」
「拳は使えるのか?」
「いや。多分、筋力が足りん。・・・仕方が無い、槍の鍛錬をまた始めるか」
「貴様の事だ。どうせ、悪趣味な槍なのだろう」
「え!?あ、い、以前はな!・・・あの槍は処分したから、あるものを使うんだ!」
「ふん、少しはまともな形にしておけ。松永が見つかり次第、行くぞ」
「承知した。忠勝に厳しく稽古をつけて貰うよ」
「厳しくしすぎて、また倒れるなよ。いつもの身体ではないと、刑部も言っていた事を忘れるな」
「・・・ありがとう、肝に銘じておく」
いまだに家康の過去の衣装置き場で盛り上がる武将達を落ち着かせて、松永との再戦について三成と家康は話し始めた。
きっと、双方の部下たちが騒然とするであろう事を予測しながら。



「血水の匂いがするな」
振り向きもせず、低い声で威圧する。
それに全く気圧されることもなく、軽く鼻を鳴らす。
「着替え、香を焚き染めてきたのだが消せなかったか」
「何処から入った。ヌシの入室は認めておらぬ、去ね」
しかし気配が部屋の隅で落ち着いたのを感じる。図々しい。
「随分と機嫌が悪い、関ヶ原の件かな?」
「三成の首根っこを締め上げて良く言うわ。どれ、ワレがヌシの頭蓋を割って進ぜようか」
「それは怖いな。茶でも点てるので暫し話そうではないか」
「茶もいらぬ、話もせぬ。さっさと出てゆけ、梟雄」
にべもない対応に、流石の松永も苦笑を漏らす。
これは少々やりすぎたか、と珍しく反省のような感情を抱きながらも、口には一切出さない。
「出てゆかぬなら、三成が戻るまで閉じ込めておいてやろうぞ」
あやつはヌシを切り刻みたくてウズウズしておる、と冷たい笑い声を漏らして片手をゆらりと上げる。
と、大谷の傍に置いてあった数珠がふわりと浮いた。
松永は微笑を浮かべたまま動じない。
「いやいや、私はまだ肉片になる訳にはいかない。それに、権現のこともあるだろう?」
ぴたりと手が止まった。松永は続ける。
「急いでいるようで申し訳ないが、私は暫く北へ行くことにした。凶王と少年には気の毒だが、その後に再会しよう、と」
「北・・・伊達か」
「ま、そんなところだ」
「宝でも見つけたか」
「以前、戴こうとして、竜に手を引っ掻かれたものがある」
「・・・権現は元に戻せるのだな?」
「ああ」
なぜ刑部は家康の事を案じるのだ?と軽く訝しげな目付きで大谷を見るが、殺気を抑えた背中からは詳しいことが伺えない。
「今回は出立の挨拶のようなものだ。見逃してくれたまえ」
「ただのイヤガラセであろうが」
「これは厳しい」
「ヌシの香は、強すぎる。早に出てゆけ」
「そうか、失礼した。卿の香は・・・そう、上手い伏線だな」
「下らぬことを」
「ふふ。次は、卿がご機嫌な時に伺うとしよう。では、失礼」
「・・・・・」
片隅の気配が静かに消えた。
大谷は前方を睨みつけたまま、片手を下ろさない。数珠は頼りなさげにふわり、ふわりと無秩序に浮き沈みを繰り返しているばかりだ。
大谷の部屋に焚かれた香は、梟雄の残り香を瞬く間に消してゆく。
日が、早くも傾き始めたようだ。部屋の中に闇がそうっと忍び寄って来ている。